日本秘書協会は、池澤ショーエンバウム直美氏宅における非常識な調理の実態をご存知ですか?2012/03/10 13:25

日本秘書協会は、池澤ショーエンバウム直美氏宅における非常識な調理の実態をご存知ですか?

青の太字をクリックしてください。写真などが表示されます)

 

前回のブログでは、平成23年以前に日本秘書協会が実施した「親睦会」を拝見する限り、何ら違和感や不調和感を覚える点はありませんと書き、一個人宅である池澤ショーエンバウム直美氏宅で今年の2月25日(土)に開催されたと思われる「親睦会」(写真)について、池澤ショーエンバウム直美氏が、出版したばかりの自らの著書を宣伝する場として利用しようとの企てをもって、日本秘書協会内部で、たやすく権力を行使できるどなたかに事前に働きかけ、甘えた結果であると紹介しました。

そして今回は、名だたる料理研究家でもなく、料理の道ひと筋に精進してきたわけでもない一個人である池澤ショーエンバウム直美氏が、日本秘書協会会員20名を自宅に招いて開いた「親睦会」にお出しする料理に、何と5年も前に賞味期限切れとなっていた材料を使わせて調理をさせていた事実、さらに、自宅教室において、ヨーグルトを濾す調理に使うガーゼや布巾を準備しておらず代替品として引出の風呂敷を使わせており、そのことをブログに記載していた事実について述べます。

まず、池澤ショーエンバウム直美氏は、自身の2010年1月25日のブログ写真において、「プロの料理人ならともかく、私たち素人は同じ料理を同じ人が作ったって、なかなか同じ物はできません。」と記述し、ご自分が「料理の素人」であると告白しています。

次に、親睦会前日の準備において、賞味期限が5年も前の材料を使うという非常識な調理が成されていたとの事実が明らかとされました。池澤ショーエンバウム直美氏の長女・池澤春菜氏の2012年2月24日(金)16時25分頃のツイッター写真1写真2によれば、池澤ショーエンバウム直美氏が、「これ使って」と出して来たタルト台の賞味期限が、5年も前の2007年だったことから、春菜氏が焼いたタルトは、焼いている途中から異臭がしたというもの。そして、春菜氏が大きなショックを受けたこと。さらに、春菜氏はそれでも「食べられそうだろう?」と発言。また、賞味期限切れのタルト台を使って2台作成し、さらに、タルト台をもう1台作成したとの発言が見られました。ところが、異臭がしたという件のタルト台を廃棄したとの発言はどこにも見られなかったことから、そのままお客様にお出ししたのではないかとの疑惑も払拭し切れるものではありません。

春菜氏の2012年2月24日(金)ツイッターより、

「凄いショック。洋梨とキャラメルのタルト焼いたの。焼いている途中から異臭が。ママが『これ使って』と出して来たタルト台、賞味期限が2007年だった……」(16:24:04)。「ははは、食べられそうだろ?でも……2007年なんだぜ」(16:25:58)。「今日はもう、二台もパイを焼いたんだぜ……」(16:47:13)。「明日はおうちで、午前中が20名の立食パーティ、午後は八名でお茶会なのだ」(16:52:28)折れない心でもう一回パイ生地から仕込む」(18:01:00)「ターンエンドッ(オーブンの扉を閉めながら)」(19:11:12)「勝った……よ!!」(19:57:17)

さらに、池澤ショーエンバウム直美氏の2011年1月25日のブログ写真1写真2に よれば、「『日本の水っぽいヨーグルトをガーゼで越(←原文のまま。正しくは濾)してクリーム状にしてから使えば、ますますギリシャ風になりますよ。(略)』と言ったら、ユーコさん、ガーゼの代わりに引出から風呂敷を見つけてヨーグルトを濾し始めました。(略)でもユーコさんが困ったように私の耳元でささやきました。 『あのお、ヨーグルトにちょっとばかり風呂敷の赤い色が移っちゃいました。』(涙)『ご、ご、ごめんなさい。次回は真っ白な風呂敷を、いえ、ちゃんとガーゼを用意しておきますから。』」との記述が見られ、池澤ショーエンバウム直美氏が、ガーゼを準備していなかったせいで、ユーコさんが風呂敷を見つけてヨーグルトを濾したことから、ヨーグルトに、風呂敷の赤い色が移ったことを告白したという内容でした。ところが、驚いたことに、風呂敷で濾したヨーグルトを使った食べ物は、全部参加者に出され、食されたという落ちまでついています。

しかしながら、その4カ月前の料理教室でも、濾すために必要な清潔なガーゼや布巾は準備されていなかったことが、2010年9月23日のブログから明らかとなっています。つまり、池澤ショーエンバウム直美氏は、口先では「用意しておきますから」と言いながら、ガーゼや布巾を準備しておこうなどとは、さらさら思っていなかったことがわかります。

2010年9月23日の池澤ショーエンバウム直美氏のブログ写真)によれば、「布巾の上に残るのは、フワフワの白い塊り。大きなマシュマロみたい。」ここでいきなりユウコさんが叫びました。『これって、いつか私がオムスビ包んできた風呂敷ですか!?』はい、実はそうなんです。つまり布巾だろうが風呂敷だろうが、何だってOKってこと。」との記述が見られ、ユウコさんは、自分の持参した風呂敷が使用されていることに驚いて指摘したのに、池澤ショーエンバウム直美氏は、布巾だろうが風呂敷だろうが、何でもOKだと開き直っていた事実を自白するという理解に苦しむ内容でした。

上記のように、まず、池澤ショーエンバウム直美氏は、自らのブログで、プロの料理人ではなく「素人」であることを自認する記述をしており、濾すためのガーゼや布巾を準備せず、しかも、色のついた風呂敷だろうが、布巾だろうが、ガーゼだろうが、何だってかまわないと乱暴に言い切って、自宅の料理教室で、参加者に、2度にわたり「風呂敷」を使用させていた事実をも自白しています。

さらに驚いたことには、2月25日池澤ショーエンバウム直美氏宅で催されたとされる日本秘書協会の「親睦会」の準備において、5年も前に賞味期限が切れている材料を、確認もせず、「これ使って」と平気で差し出して調理をさせたという、池澤ショーエンバウム直美氏の恥ずべき行為が、池澤ショーエンバウム直美氏の長女によって暴露されています。異臭さえしなければ、表沙汰にさえならなければ、いかなる材料でも、いかなる器具や用具でも使用することの出来る池澤ショーエンバウム直美氏は、モラルに欠けており、調理に携わる者としての資格を大きく欠いています。ここまで非常識な池澤ショーエンバウム直美氏の個人宅で、日本秘書協会が、「親睦会」のみならず、過去には「シニアフォーラム」まで開催したことについて、ますます腑に落ちません。

一体なぜ、このような、料理のプロでもない素人の、しかも非常識かつ杜撰な池澤ショーエンバウム直美氏の個人宅で、「シニアフォーラム」や「親睦会」が開催されなければならなかったのでしょうか?前回このブログで述べた通り、池澤ショーエンバウム直美氏は、2011年9月23日のブログ(現在削除されています)で、石川愛理事長を、六本木の職場に訪ねて長いランチを共にし、お願いごとをしたと公開しています。そのお願いとは、昨年12月に出版が予定されていた本に関するもので、そのため、翌年の2月に「親睦会」を開催して、12月に出版する本の宣伝をしてくれるようにとお願いしに出かけたのではないかとの見解は、穿った見方ではないでしょうか?

それは、前ブログでも紹介しましたが、石川愛理事長と池澤ショーエンバウム直美との、ややもすれば日本秘書協会の私物化と申し上げられなくもない、親密過ぎる関係に依るものと見て間違いないということです。厚生労働省認可の社団法人・日本秘書協会には、公平公正な運営は望めないのでしょうか?それよりも、何よりも、日本秘書協会の皆様には、杜撰な調理過程を経て完成した非衛生的な調理品をお口にされることのなきようお気をつけて、事前にご確認いただきたいと申し上げておきます。

最後に、前回の当ブログで紹介しました池澤ショーエンバウム直美氏の5つのブログが削除されており、その他のブログにおいても、随所に記事の改竄が見られました。この点だけを考慮しましても、池澤ショーエンバウム直美氏は、ご自分にとって都合の悪い記事は削除し、ご自分が自ら書かれた記事において、都合の悪い内容は平気で改竄することの出来る事実が判明しています。ご年齢から鑑みても、池澤ショーエンバウム直美氏は、虚偽・架空の内容ならびに軽率・無責任な内容を今後ブログに書かないことです。

なお、削除された池澤ショーエンバウム直美氏のブログは以下のとおりです。2010年6月3日、同年6月30日、同年9月12日、2011年8月5日、同年9月23日。

日本秘書協会は公平公正な運営を!2012/02/18 19:30

日本秘書協会は公平公正な運営を!

青の太字をクリックしてください。写真などが表示されます)


社団法人日本秘書協会は、同ホームページ写真によれば、1968年(昭和43年)秘書のために発足した厚生労働省認可の社団法人です。

石川愛理事長の挨拶写真によれば、同協会は「厚生労働省認可の日本で唯一の秘書のための公益法人」だそうです。

 

また、池澤ショーエンバウム直美氏のブログによれば、石川愛氏は、2010年6月、理事長に就任したとされています。なお、池澤ショーエンバウム直美氏のブログには石川愛理事長に関する個人情報が満載です。

2010-11-21ブログ1


しかし、同ホームページ第5回(2007年度)日本秘書協会賞受賞の中に、石川愛氏がおり、理事長賞を受賞され、その当時時の肩書が前理事長とありますから、石川愛氏は、新理事長ではなく再任と思われます日本秘書協会受賞者リスト

 

同ホームページ写真)によれば、協会の活動は、教育・訓練を中心とした本部活動と、会員の自主運営による会員活動で成り立っています。会員活動には、会員交流委員会が開催する「親睦会」と「シニアフォーラム」があります。

 

同ホームページでは、「会員の自主運営による親睦会やシニアフォーラム」と謳っています。

 

同ホームページ写真には、「親睦会」について、「ビール工場見学会、タカラヅカ 観劇会、文楽鑑賞会、懐石を味わいながらのマナー研修、香道入 門講座など、親睦会はリフレッシュと知識・知恵の習得、会員間のコミュニケーションが同時 にできる楽しい集まりです。」と記載されています。

 

過去の「親睦会」(写真1写真2写真3写真4写真5)は、観劇(国立劇場、歌舞伎座、日生劇場、セルリアンタワー能楽堂・渋谷、新橋演舞場、東京芸術劇場、明治座)、茶道(小堀宗家家元)、飲食(アサヒビール工場、辻留赤坂店、銀座オザミ・デ・ヴァン本店、なだ万本店、レストラン・エスカアル、円覚寺・鎌倉、臨済宗・三光院・小金井)、お香(松榮堂・人形町)、装飾(田崎真珠銀座店)、マナー(マキシム・ド・パリ・銀座)、スポーツ(国技館)、パーティといった高尚で多彩な行事が、大変有名な場所で開催されています過去の親睦会履歴

 

これら過去の「親睦会」を拝見する限り、何ら違和感や不調和感を覚える点はありません。

 

ところが、来る2月25日(土)の「親睦会」写真)では、「地中海ダイエットでアンチエイジング~美味しいギリシャ料理を楽しみながら学ぶ~」が、何と、一個人宅である池澤ショーエンバウム直美氏宅(小田急線 成城学園前駅より徒歩10 分)東京都世田谷区成城7-18-20で、開催されるとのことです2012 2 月親睦会のご案内

 

何故、今回の「親睦会」会場は、個人宅でありかつ池澤ショーエンバウム直美邸なのでしょうか。池澤ショーエンバウム直美氏は2月のブログで「なかなか人様に甘えることができません。」と主張していますが、まったくの嘘でしょう。

池澤ショーエンバウム直美氏は、昨年12月の出版に先駆けて、ベトナムストリートチルドレン(VSC)支援会の理事に夫妻で就任し、著者プロフィールにその肩書を添えました(現在は夫妻ともVSC支援会ホームページから理事の名は削除され、さらに同サイトは現在閉鎖されています)。しかし、今でもAmazonの「著者について」では、「ベトナムストリートチルドレン(VSC)シエン委員会理事。」と説明されています。また、一旦夫妻ともども理事から削除されましたが、現在VSC支援会ホームページはリニューアル準備中です」と表示されていますので、返り咲きを画策しているのかも知れませんね。

来る2月25日の親睦会は、池澤ショーエンバウム直美氏の著作の宣伝の場として利用しようとの企てをもって、同氏が、日本秘書協会内部の力のあるどなたかに事前に働きかけ、甘えた結果と考えるのが順当なところです。

 

さらに、「シニアフォーラム」について、同ホームページ写真には、「シニア世代が中心になって企画・運営をしています。平日の昼間を活用して年に4回ほど、その道の達人のお話を聞いたり、一人ではなかなか行けない工場や施設の見学もしています。また食事をしながら近況を話し合い、最近の話題に花を咲かせることもあります。現役秘書の皆さんやご友人の参加も大歓迎です。」と記載されており、

過去の「シニアフォーラム」(写真)は、ランチを楽しむ会・ランチと催し(ダノイ・アルトリ・品川東武ホテル、帝国ホテル、RETOH、増上寺・東京プリンスホテル、銀河劇場・第一ホテルシーフォート、警視庁・グランアーク半蔵門、旧安田楠雄邸、レストラン・カシュカシュ、浜離宮恩賜庭園・ロイヤルパーク汐留タワー、等々力渓谷散策と等々力不動~ランチ(中国料理ざいもく屋)、「京亭」、小石川後楽園)、見学会(旧岩崎邸庭園・池之端文化センター、味の素株式会社川崎工場、花王株式会社すみだ事業場)、講演会(日本秘書協会)と記載されており、やはり誰もが知る一流処において催しが開催されています過去のシニアフォーラム履歴

 

上記の「シニアフォーラム」を拝見しても、過去に開催された「親睦会」同様、何ら違和感や不調和感を覚える点はございません。

 

ところが、この「シニアフォーラム」も、2009年9月3日「ギリシャ料理のおいしい歴史~五感で感じるギリシャ」が、一個人の家である池澤ショーエンバウム直美氏宅で開催されていました写真

上記に記載されているとおり、開催場所には、いずれも錚々たるホテル・一流レストラン・劇場・名所が居並ぶなかで、何故、設備も整わない、庶民である拙宅と同程度のさほど広くもない、池澤ショーエンバウム氏という個人の家で開催されなければならなかったのでしょうか。そして、なぜ、「親睦会」も「シニアフォーラム」も「ギリシャ料理」「ギリシャ料理」に偏っているのでしょうか。

 

会員の自主運営とはいえ、天下の日本秘書協会さんが、過去の開催場所に比べて不釣り合いで一段と低い、一個人宅を開催場所に選ぶという、きわめて均衡の取れない決定に驚くのは私だけの感覚ではないと思います。

さらに、講師としての質についても、大きな格差があり、きわめて均衡が取れていないと申し上げざるを得ません。

3月16日開催予定のシニアフォーラムの講師として紹介されている尾崎栄子(おざきえいこ)氏は、名家に生まれ、ご名門で学ばれ、伝統文化一筋に精進された御方です。

プロフィールは、「6 歳より日本舞踊坂東流に入門。坂東三喜市丸を襲名。舞踊教室を主宰し後進の指導に当たる。1983年~1988 年米国に滞在し、日本伝統文化を紹介する。帰国後は『八千代伝統文化普及会』を主宰し、地元小学校で担当した『礼法指導』は読売新聞より高い評価を受ける。日本舞踊坂東流師範、小笠原流礼法師範、NPO 法人江戸しぐさ講師、表千家看月庵師範。現在、鳴り物や江戸祭囃子を修行し毎年、浅草三社祭に囃子手として参加している。」と紹介されており、ぽっと出の池澤ショーエンバウム直美氏とは大いに異なります。

 

それなのに、なぜ、名だたる料理研究家でもなく、料理の道ひと筋に精進しているわけでもない一個人を、そして、まったく広くもない一個人宅の一つの部屋を、日本秘書協会がかくも利用しなければならないのかについて考察しました。

 

その理由は、理事長の石川愛氏と、池澤ショーエンバウム直美氏が、密接な関係にあるからと、池澤ショーエンバウム直美氏のブログ記事(2008年11月~掲載)から読取りました。

 

池澤ショーエンバウム直美氏のブログ掲載記事からは、石川愛氏を、褒め殺しとも言うべき異常なほど尊敬している書きぶりが明らかとされ、石川愛氏は、池澤ショーエンバウム直美氏に、多くの物質を贈り、フィラデルフィアへの旅行に同行させスイートルームに同宿し、池澤ショーエンバウム直美氏がお願いごとをしに六本木へ出向き、ランチをともにしたことが明らかとなりました。この旅行費や宿泊代ならびに昼食代は、石川愛氏の負担か或いは日本秘書協会が負担したと考えられます。

70歳を過ぎたお独り暮らしのご老女、しかもお金持ちで名誉のある女性理事長たる石川愛氏に取り入って、そのご寵愛を受けているのが、池澤ショーエンバウム直美氏であり、石川愛氏は、池澤ショーエンバウム直美氏が開いている料理教室の皆勤客でもあります。そして、池澤ショーエンバウム直美氏が最も得意とする口先だけの年長女性への媚びと擦り寄りによって、石川愛氏は、池澤ショーエンバウム直美氏を、あたかも孫のように可愛がっている関係が見て取れます。それだけではない同胞愛も大きく影響しているかも知れませんが。

池澤ショーエンバウム直美氏は、石川愛氏から自分がいかにご寵愛を受けているか、すなわちいかに物をもらっているかについて、執拗に書き記しています。「こんな大きな紙袋が宅急便で届きました。」「送り主はアイさん。私が心から尊敬し、お慕いする70歳の素晴らしい先輩女性です。そして、初回からずっと来てくださっている、私のグローバルキッチンの大切なお客様です。アイさんにお会いするたびに、ちょっと緊張しながら思います。『10年後にアイさんのようになることができたら』と。 ある大きな団体の理事長という要職にありながら、そのお忙しい時間の中で、私のテーブルのためにこんなに美しい布を送ってくださって、、、、、、、旅先で傷めた腕はまだご不自由であろうに、私のために布を切って、まつりがけまでしてくださって、、、、、、 そのお気持ちがありがたくて、嬉しくて、涙があふれて止まらなくなってしまいました。

アイさんがくれたカバン

 ・アイさんが送ってくださった

 

過去にも、池澤ショーエンバウム直美氏は、妻の亡き母を「尊敬する○子お姉さま」「誰よりもお美しい○子お姉さま」「誰よりもお優しい○子お姉さま」「○子お姉様からの流れるようなご達筆のお手紙」「いつだってこのうえなくお優しい私の○子お姉様」などと呼んでは、大層慕っているよう装っては利用してきました。


芥川賞作家池澤夏樹氏との別居から離婚に至る過程において、妻の亡き母に、嫌というほど多くの手紙を書き、電話をかけては相談に乗らせ、会っては飲食をご馳走させ、自宅に来ては妻の物品をもねだったのです。ところが、妻の父つまり亡き母の夫が亡くなった葬儀の日に、時間が足りず、挨拶の言葉を省略されて怒って帰ってしまった池澤ショーエンバウム直美氏に対して、妻の母が出したお詫びの手紙に対して、終に返事は届かなかったそうです。このことについて、池澤ショーエンバウム直美氏は「記憶にない」ととぼけています。

 

そのうえ、妻が「母が亡くなった」と知らせても、葬儀にも参列せず、香典や弔電や供花など形式的なお悔やみ品も一切ありませんでした。さらに、線香の一本すら上げに来ない、慰めの手紙も、励ましの電話もなかったという、歴史上最高にして最低の恩知らずです。つまり、お金持ちの老人女性を都合良く利用はするが、亡くなれば鼻にもかけないという人非人です。


石川愛氏が池澤ショーエンバウム直美氏を孫のように可愛がることについて、異を唱えることはしませんが、公益法人である日本秘書協会の理事長たる石川愛氏に甘えてくる池澤ショーエンバウム直美氏可愛さから特別扱いしているとすれば、会の私物化であり公私混同という大きな問題にまで発展することでしょう。


なお、日本秘書協会役員には、池澤ショーエンバウム直美氏が勤務していた、国際基督教大学教養学部を昭和42年3月に卒業した有馬利男(ありまとしお)氏名誉顧に就任しており、池澤ショーエンバウム直美氏が石川愛理事長に食い込んでいることにも関係があるでしょう。なぜなら、池澤ショーエンバウム直美氏が、勝つためには手段を選ばない人間であることからです。このことは、長女の池澤春菜氏をミス成城で優勝させようとして、妻をも協力者に誘い出し、春菜氏のエントリーナンバーを何枚もの紙に書かせたことからも明白です。ただし、このように不正を働いても優勝はできなかったそうですが。

 

当ブログの前回記事において、池澤ショーエンバウム直美氏が、国際基督教大学での元同僚に、「本の出版を決意したのは東日本大地震の翌日」との嘘の宣伝をさせたことを掲載しました。そして、池澤ショーエンバウム直美氏が姉のように慕っていた振りをして、前述したとおり経済的・物質的恩恵にあずかっていた妻の亡き母が亡くなった時には、お悔やみのひと言すらなかったことも掲載しました。


さらに、池澤ショーエンバウム直美氏が、国際基督教大学で管理職をしていた頃、新宿歌舞伎町の「琥珀」というスナックでアルバイトホステスをしていた事実についても既に当ブログで紹介しました。

そして、池澤ショーエンバウム直美氏は、新宿区歌舞伎町の「琥珀」で働いていたことを認めています。池澤ショーエンバウム直美氏は、国際基督教大学の広報課長として副業が禁じられていようと、ルールを破ろうと、バレなければいいさと平気の平左な方なのです。

具体的には、池澤ショーエンバウム直美氏の虚偽記載について、過去に妻が起した訴訟において明らかとされています。

平成21年5月22日付訴状・請求の理由、第2の3・第1段落「被告池澤は,本件ブログの『アーカイブ』のページに,2007年(平成19年)5月12日付『カウンターのすすめ』と題して,『ほんの短期間でしたが,週に一度,昼間の仕事が終わった7時から12時までの間,友人から紹介された新宿のバーのカウンターに立ってせっせと皿洗いをしたことがあります。』(甲3本件記事①)との記事を掲載した。」写真1写真2写真3及び第2段落「しかし,この記載内容は虚偽である。被告池澤は,原告の紹介で,1996年(平成8年)に新宿区歌舞伎町のスナック『琥珀』に入店し,週2,3日,時給二千円のアルバイトホステスとして1年未満勤務したものであり,皿洗いは一度も経験していない事実がある(甲4写真撮影報告書①ないし⑤)。甲4①写真甲4②写真甲4③写真甲4④写真に対して、池澤ショーエンバウム直美氏は、平成21年6月23日付答弁書で「第1段落は認める」「第2段落のうち(略)被告池澤が1996年ころ、新宿区歌舞伎町のスナック琥珀で手伝いをしたこと、アルバイト料が時給2000円だったことは認める。」と主張しています。

妻にアルバイトで職を世話してもらっておきながら、5時間も皿洗いの仕事をさせられたという池澤ショーエンバウム直美氏の『カウンターのすすめ』という嘘のブログに、妻は「皿洗いの仕事を紹介したのではない。皿洗いの女性に時給二千円も出す経営者はいない。小さなカウンターの飲み屋(スナック)に、5時間も洗う皿はいらない」と、大層怒っておりました。


いくら直美流とのブログでも、平気で嘘を書いても良いのでしょうか。「『こんなことお願いしたら申し訳ない』と、なかなか人様に甘えることができません。」との2月15日の記事は、池澤ショーエンバウム直美氏自身のブログでどんなに人様に甘えてきたかを立証するものでありながら、平気で嘘を掲載しているところが見苦しく、在日コリアンの血の成せる業かと笑える部分です。

 

兎に角、いやしくも、厚生労働省の認可を受けた公益法人・日本秘書協会の理事長である石川愛氏が、在日コリアンの池澤ショーエンバウム直美氏に対して、必要以上の関係を築いていることは決して好ましいことではありません。個人的に品物を贈るだけでなく、広いスイートルームに共に宿泊したり、通訳を共に行うなど、孫のように可愛がっている姿を「微笑ましい」などと言って看過して良いとは決して思いません。妻は「これが池澤ショーエンバウム直美氏の手口です」と申しております。


最後に、現職の石川愛理事長が、2011年2月14日開催のシ ニアフォーラムにおいて、「知っているようで知らない、近くて遠い国 韓国の文化と生活習慣」という題で講演されていることには、大きな疑問を禁じ得ませ ん。日本秘書協会の理事ともあろうお方が、なぜ、韓国の文化と生活習慣を自ら講師となって講義なさるのか。池澤ショーエンバウム直美氏は、在日韓国・朝鮮 人二世として生まれた姜尚中氏のメッセージから自身の本の出版へとつなげ「在日からの手紙」という著作の題名まで模倣して出版しました。池澤ショーエンバ ウム直美氏の出自に引きずられて、日本秘書協会が、韓国に傾倒してゆく姿はみたくはありません。

但し、前述した同胞愛によって、双方が強く結びついているとすれば、日本人の私から指摘されたことによる反発から、両者の絆は、より強く、より深くなっていくことを予見しておきましょう。

====================================

 以下は、池澤ショーエンバウム直美氏自身のブログ掲載記事の抜粋です。これまでの当ブログでの主張を裏付けるデータです。

====================================

2009年6月30日のブログ写真では、「日本秘書協会シニアフォーラム『ピアノ演奏と懇親の集い~歴史的名器とともに~』と題する午後のコンサートが開催されました。」との宣伝記事。

同年9月4日のブログ写真1写真2では、前日開催の集いに関する記事で「お集まりくださった皆様は本当に素敵な方々でした。さすが秘書協会のシニアメンバーです。マナーも良く、知的で、おきれいでした。こんなお客様たちの優しい目線に助けられ」との直美が心にも思ってはいない歯の浮いたお世辞記事。

 

2010年1月19日のブログ写真では、池澤ショーエンバウム直美氏宅で催している少人数参加型の「グローバルキッチン」に関する記事で「24歳から70歳までの女性たちがエプロンをつけ、台所に集まり」「アイさんは、サワークリームとタラコを和え、デザートのクッキー生地を丸めました。」と、70歳であられる石川愛氏の参加を報道する記事。

同年6月3日のブログ写真では、「こんな大きな紙袋が宅急便で届きました。」「送り主はアイさん。私が心から尊敬し、お慕いする70歳の素晴らしい先輩女性です。そして、初回からずっと来てくださっている、私のグローバルキッチンの大切なお客様です。アイさんにお会いするたびに、ちょっと緊張しながら思います。『10年後にアイさんのようになることができたら』と。 ある大きな団体の理事長という要職にありながら、そのお忙しい時間の中で、私のテーブルのためにこんなに美しい布を送ってくださって、、、、、、、旅先で傷めた腕はまだご不自由であろうに、私のために布を切って、まつりがけまでしてくださって、、、、、、 そのお気持ちがありがたくて、嬉しくて、涙があふれて止まらなくなってしまいました。

との石川愛氏からの嬉しい嬉しい布の“頂き物”の記事で、石川愛氏を常軌を逸して賞賛する提灯記事。石川愛氏から物を頂く関係を告白した記事。

同年6月30日のブログ写真では、「長老とも言うべき尊敬するアイさん。70歳になられたなんてどこからどうお見かけしたって信じら(れ)ない知的で素敵な女性です。」との70歳であられる石川愛氏の提灯記事。

同年9月12日のブログ写真では、「一番年長のアイさんは、某協会の理事長さんで70歳。」との70歳であられる石川愛氏の参加を報道する記事。

同年9月15日のブログ写真では、『私は5時間眠れば十分なの。』 というアイさんの言葉」との石川愛氏の言葉を紹介。

同年11月21日のブログ写真1写真2写真3写真4では、「愛さんは71歳。若い頃は、正田美智子さん(今の皇后陛下です)に似ているとよく言われたそうですが、そんなお話が『なるほど』と思わせる雰囲気を今でも漂わせています。そして愛さんは飛びぬけて素晴らしい、私の憧れの71歳です。」で始まり、「大好きな愛さん!」で終わる石川愛氏の提灯記事。「私のブログを毎日読んでくださっている愛さん。」との記載で石川愛氏からブログを毎日読んで頂く関係を告白した記事。

 

2011年1月11日のブログ写真では、「『ナオミさんは忘れ物や落し物ばかりしているから、イタリアではこれを首からかけなさい。』とアイさんがくれたカバン石川愛氏からの嬉しい嬉しいカバンの“頂き物”の記事。石川愛氏から物を頂く関係を告白した記事。

同年1月21日のブログ写真では、「協会とのご縁は『ふとしたこと』から始まりました。『ビジネス英語』の講座で、秘書協会のテキストを使用させていただきたくて、勇気を奮い立ててドアを叩いたのです。」として、2012年2月15日のブログで「なかなか人様に甘えることができません。」と主張しているものの、実際には日本秘書協会に甘える活動をしていたことを告白する記事。さらに1月21日のブログでは「昨年の夏も終わる頃、理事長から『ある方に講演をお願いしたいので、中をとりもってもらえないか。』というお話がありました。」との掲載で石川愛氏から直接依頼を受ける関係を告白した記事。

同年3月12日のブログ写真では、「尊敬する大先輩の愛さんは70歳。との70歳であられる石川愛氏を尊敬する提灯記事。

同年5月19日のブログ写真では、「尊敬するアイさんから、『この数日のコミュニケーション談義、面白く拝読しました。日頃なんとなく、いろいろな人と交わしているコミュニケーション、分析してみると面白いですね。考えることが多くありました。』 などという嬉しいメールをいただいて」との石川愛氏を尊敬すると提灯記事。石川愛氏からメールを頂く関係を告白した記事。

同年6月6日のブログ写真1写真2では、「アイさんは都心のマンションの11階に住んでいます。その日、六本木のオフィスで仕事をしていた時に地震に遭いました。深夜になってようやく動き出した地下鉄で家に戻りついたのは、午前2時半頃だったと言います。」と掲載し、石川愛氏と親しく会話ができる関係を告白した記事。

同年8月5日のブログ写真1写真2写真3写真4写真5では、「我が尊敬する師にして、勝手に姉のように慕っているアイさんのことは、これまでも何度かこのブログで書かせていただきました。」との、石川愛氏を尊敬する師とする提灯記事。また、池澤ショーエンバウム直美氏お得意の年長女性への『姉のように慕う』というお金持ちの女性に擦り寄る際のキーワードを紹介しています。さらに、「真っ青になった私。だってこちらからのお願いごとでお忙しいアイさんとのアポを取らせていただいたのですから。あわてて手帳を開けば、確かに、その日の欄に、『11時30分 アイさん 六本木』と大きく書いてあるではありませんか!平謝りに謝って、結局、その翌日の水曜日の同じ時間にお訪ねさせていただくことになりました。と言ってもさすがのアイさん、私のドジかげんについても十分に把握していらっしゃいますから、さもありなんと、柳に風のごとし。救われました、本当に。」との文章からは、池澤ショーエンバウム直美氏が「なかなか人様に甘えることができません。」と2012年2月15日付ブログとの記載と大きく異なり、石川愛氏にお願いごとをしています。さらに、石川愛氏が、お願いごとで約束日時を失念した池澤ショーエンバウム直美氏を快く許すという関係であることを告白する記事。通常のビジネスであれば、アポを違えたら二度と会えないというのが常識ですが。

同年9月22日のブログ写真では、「待っているアイさんの乗った飛行機が、予定時間よりたった7分遅れただけで離陸したことも知ることができました。」との石川愛氏の行動についての記事。

同年9月23日のブログ写真1写真2では、「何と全くの別件でアイさんをオフィスにお訪ねしたというのに、気づけば二人で、フィラデルフィアに行くことになってしまっていたのです。」と掲載し、石川愛氏からフィラデルフィアにお供を要請されるまでとなった関係を告白した記事。

同年9月25日のブログ写真1写真2では、「このフィラデルフィアのホテルの、広いスイートの大きな居間の、沈んでしまうように低すぎる椅子にすわって、となりの寝室で眠るアイさんが起きてくる前にこれを書いています。」「そして、それにも増して楽しかったのは、アイさんと一緒に過ごす時間でした。私たちはまるで女学生の旅行のように、朝起きてから夜寝るまで、話し続けました。いくら話しても話し足りず、いくら聞いても聞き足りず、いくら笑っても笑い足りず、時には共にしんみりし、ある時は一緒に憤慨し、時間がいくらあっても足りません。」と掲載し、池澤ショーエンバウム直美氏が、石川愛氏が用意した広いスイート・ルームに共に宿泊できた喜び及び石川愛氏と親密な関係にあることを告白した記事。

同年11月19日のブログ写真では、「私たち、愛さんと私の役目は、お客様方と作家の方々との間を取り結ぶ通訳でした。」と掲載し、池澤ショーエンバウム直美氏が石川愛氏と共同で仕事をこなすまでの関係にあることを告白した記事。

 

2012年1月15日のブログ写真では、「私が姉のように頼っている石川愛さん。」と、石川愛氏を姉のように頼っているとの提灯記事。

同年2月15日のブログ写真では、「長女に生まれたせいもあって、どこかで、『ここで私が弱音を吐いたらいけない』とか、『家族のために頑張らなきゃ』などという意識が心の底にあったようで、すっかり甘え下手に育ってしまいました。『こんなことお願いしたら申し訳ない』と、なかなか人様に甘えることができません。可愛げないことは十分承知の上なのですが(笑)。」と、心にもない嘘を掲載しています。前記の池澤ショーエンバウム直美氏自身のブログ記事が、人様に甘えに甘えて金品や仕事を頂くことに喜びを求めている事実を証明しており、「人様に甘えることができません」との池澤ショーエンバウム直美氏の書いた活字は、実際の言葉とまったく逆ですから信用に値しません。



友人、それも先輩に嘘の宣伝をさせる池澤ショーエンバウム直美氏2012/02/16 23:14

友人、それも先輩に嘘の宣伝をさせる池澤ショーエンバウム直美氏

青の太字をクリックしてください。写真などが表示されます)

 

池澤ショーエンバウム直美氏は、いつでも自身のブログに大勢の友人たちを登場させています。そして、その友人たちというのは、自宅で催しているグローバルキッチンの受講者つまり客です。その中には、定年退職後にご商売をされている国際基督教大学勤務時代の年上の元同がいます。

 

年上の元同僚の1月11日付ブログには、「大学に勤務していた時の同僚、そして今でも交流の続いている友人Iさんが本を出版した。(中略)昨年、3月11日に発生した東日本大震災、その翌日に彼女はこの本の出版を決意した」と紹介しています。

 

ところが、池澤ショーエンバウム直美氏が出版を決意した日にちは、昨年の3月12日ではありませんから、これは、年上の元同僚に、嘘を書かせていることになります。

 

なぜなら、池澤ショーエンバウム直美氏は、「私と同じ年の大変高名な方」と紹介している在日韓国・朝鮮人二世の姜尚中氏が、2010年11月に講演会で伝えた言葉に感銘を受けて、出版の意思を決意し、東日本大震災が起こった翌日どころか、昨年1月の時点で既に仲間を募っており、プロジェクトチームを立ち上げていたと述べているからです。

 

昨年1月28日のブログ(写真1写真2には「仲間たちが加わった7名のプロジェクトチームができあがり、(中略)今日、最初の一歩を踏み出しました。(中略)秋にはひとつの形になるはずです。」

 

前記から明らかなように、その時々によって、都合良く自由自在に嘘の書ける人、それが池澤ショーエンバウム直美氏です。他人、特に友人を利用して利益をあげようとする人は見苦しい。さもし過ぎます。

 

言葉巧みに友人と思わせられては、池澤ショーエンバウム直美氏に利用される私の妻や義母のような人々がいなくなるよう切に望んでいます。



ベトナムストリートチルドレン(VSC)支援会から急遽削除された理事夫婦2012/02/05 14:01

ベトナムストリートチルドレン(VSC)支援会から急遽削除された理事夫婦

青の太字をクリックしてください。写真等が表示されます)

 

ベトナムストリートチルドレン(VSC)支援会の役員構成および不可解な寄付の募集については、既に前回のブログで指摘しました。この間にふたつ変化がありました。

ひとつ目は、「支援会への寄付を個人口座への振込」という乱暴な寄付の方法についての指摘後、ベトナムストリートチルドレン支援会のホームページから「東北地方太平洋沖地震への募金協力のお願い」の記事が削除されました(削除されたのは下記の頁)。


VSC支援会地震への募金ご協力のお願い

 

ふたつ目は、ベトナムストリートチルドレン支援会のホームページから「・理事 トマス・ショーエンバウム」「池澤直美」夫妻の名前が消えました。同時に、池澤直美氏のプロフィールからベトナムストリートチルドレン支援会理事の肩書が消えました。理事の肩書欲しさに夫婦で支援会に参加していたとすれば、まともに活動している団体であれば、大きな迷惑をかけたのではないでしょうか。ショーエンバウム氏は国際弁護士とのことですが、寄付を募る活動を主とする公な団体の理事を、夫婦そろって務めることが、如何に非常識なことであるかが分からなかったのでしょうか。これは、何事も自己流を押し通して、人の意見に耳を貸さない池澤ショーエンバウム直美ライクなやり方と言えましょう。全く恥を知らないと言っても過言ではないでしょう。

VSC理事1

さらに、ベトナムストリートチルドレン支援会のホームページからは、理事の吉川裕子氏の娘さんと思われる学生理事の吉川有紀氏の名前も消えました。指摘したことから、一族郎党で公な組織の理事(役員)に名を連ねていては不味いと考え直したのでしょうか。現在は吉川裕子氏の弟さんである弦太さんこと賢一氏が理事として残っています。

VSC理事2

(削除する前の頁は下記の通り)
ベトナムストリートチルドレン支援会1頁目

ベトナムストリートチルドレン支援会2頁目

 

話は変わりますが、直美氏は、恵泉銀座センターで、自ら講座を開設するとともに、インターナショナルセレブレッスン講座(写真1写真2写真3)の開設と前後して、ショーエンバウム氏にも「国際弁護士から学ぶ『How To Write Good English』」との講座を開設させています。この手法は、ベトナムストリートチルドレン支援会の夫婦二人揃っての理事就任とそっくりです。インターナショナルセレブレッスン講座の宣伝は、VSC支援会事務局を担当している(有限会社)ユニクックですから、池澤ショーエンバウム直美氏と吉川裕子氏、吉川弦太さんこと吉川賢一氏の関係は、従前より三位一体の関係と言って差し支えないでしょう。

美名と肩書欲しさから、夫君共々支援会の理事に就任し、同時に東北地方復興支援の会港北代表となって、支援会の事務局を利用しながら、東北地方太平洋沖地震のチャリティコンサートを開催し、司会を買って出たうえに、長女の池澤春菜をも起用し、さらなる売名を刷り込んでまで目立とうとしたのです。

 

その一方で、被災地を直接訪問して支援するボランティア活動を拒むためには、夫君をも利用しています。2011年6月30日付直美氏のブログ「私にできることって?~震災への思いの中で」(写真)には、次のように記載されています。

現地でのボランティア活動の誘いを受けたのはワシントンにいる時でした。不器用な私に何ができるだろうか、かえって足手まといになりはしないか、と思い悩んでいた時に、夫がきっぱりと言いました。

「君はやめたほうがいい。君が現場に行ったなら、その後しばらくは立ち直れなくなるだろう。ここに来てからずっと感情がアップダウンしている君を見る限り僕はそう思うよ。無理はせずに君ができることをしなさい。何ならできるのかを考えなさい。」

たしかにその頃の私はかなり不安定な状況にありました。テレビや新聞の報道に泣き崩れ、自分ばかりが安全な所にいることで自分を責め、アメリカでの募金活動がうまく進まないことに自分の無力を感じていました。

 

池澤ショーエンバウム直美氏は、過去のプロフィールに「ベトナムストリートチルドレン(VSC)支援会理事、東京とワシントンDCに豪邸を構えて活動中」と掲載していましたが、結局、理事職を失ったわけです。東京の住居は、個人事業のプラティエス株式会社が存在する東京都世田谷区成城7-18-20にあり、2007年3月当時、土地の72%強は、依然として別れた池澤夏樹氏の所有であり、安価ではないまでも、総て鉄筋ではなく、決して広いとも言えず、豪邸とまで言えるのでしょうか。まして、テレビでは、被災地の方々が、瓦礫の中、「ここらへんはみんなうちの庭だった、畑だった」と、失われた土地を嘆く中、隣の家と自分の家とのごく小さな隙間を、頻繁に写真に撮ってはブログに揚げて、「うちの庭」「私の庭」と書き、執拗に誇示する無神経さに至っては、妻ともども呆れました。テレビでは、豪邸がしばしば紹介されているので、目の保養に拝見していますが、世田谷区のホームセキュリティ付の故大原麗子さん宅や、芦田淳さんの軽井沢の広い別荘ならば、文句なく豪邸と呼ぶにふさわしいでしょう。

さらに、直美氏は、2011年3月15日の自身のブログ記事「優しさの連鎖」写真で、

「ワシントンの友人たちが日本の被災者の方々への祈りのために集まって、『みんな一生懸命応援してるよ!』と、笑顔の写真を送ってきてくれました。しかも、『みんなで義捐金を送るから、私たちを一番よく知っている日本人のあなたの手で、あなたが一番いいと思う所に届けてくれる?』と言って。」

との記事を掲載しました。

そして、コメント欄には、

「この話が本当ならワシントンからの義捐金はあなたにいくら届きましたか。あなたに託されたワシントンからの義捐金をあなたはどこに届けましたか。それはワシントンからの義捐金の全額ですか。領収書も公開したらどうか。」

との質問が寄せられていましたが、直美氏は

「コメントをありがとうございます。これについては、金額やら届け先やら、ましてや領収書やらをブログ上で公開することではないと判断します。友人たちもそれは希望していないはずです。遠く離れた所でもそうした善意があったことをそっと受け止めていただければ幸いです。松様の貴重なご意見に感謝申し上げます。」

と回答しています(写真)。

「友人たちもそれは希望していないはずです。」との考えは、これぞナオミライク、つまり直美流でしょう。友人たちは、少なくとも使途については聞きたいと思っているに違いありません。また、「貴重なご意見」と書いて感謝を装ってはいるものの、その気はまったくなく、友人たちの考えは、私の考えに従うものだと独善的に思っているだけであり、これこそが悪い在日の見本です。つまり、口は上手いが腹黒いということです。

ここで、売名と商業目的さらに強い目立とう精神から、期間限定で慈善事業に取り組もうとする直美氏とは違って、本物のインターナショナルセレブでありながら、長年にわたり地道な活動を続けておられる、妻の同級生である寺尾のぞみさんの活動を見てみましょう。

その前に、俳優のGACKTさんたちがSHOW YOUR HEART募金を実施し、その募金額や領収書を公開している例をご紹介します。

GACKT募金について1

GACKT募金について2

GACKT領収書1

GACKT領収書2

ビッグな例はさて置き、卑近な良い見本として、「ミステリ」というキャンプを主宰する寺尾のぞみさんは、ホームページで「去年のクリスマスパーテイーの時に、その寄付先とその合計金額を発表しましたが、もう一度このブログでお知らせしたいと思います。」として、合計金額のみならず、寄付先とその金額をも公表されています。

結果その総額は 338,655 円となり、最終的には以下の9つの団体に寄付させていただきます。

MSTERIO1

MSTERIO2

 

池澤直美氏は、東北地方復興支援の会港北代表としてコンサートを開催していながら、「チャリティコンサート募金の御礼」にあるように「2011年9月末日まで募金(74,800円)が届けられておりました。」と他人事のような報告をしています。

VSC支援会 チャリティコンサート募金への御礼

ところで、昨年8月14日に開催された、「東北地方太平洋沖地震チャリティーコンサート 港北から東北へ 願いは音にのせて」は、ベトナムストリートチルドレン支援会が大々的に宣伝をし、当時は同支援会の理事であった池澤直美氏が、東北地方復興支援の会港北代表を務めたうえに、司会をも買って出ており、さらには、長女の春菜氏までも朗読と歌で出演させています。

ところが、昨年のその頃、既に池澤直美氏は、同支援会の理事である吉川裕子氏が企画した本を執筆中であり、昨年12月15日に発売されています。また、長女の春菜氏も、変身写真館の新設準備をすすめており、同2011年の10月28日にオープンしました。すなわち、同年のチャリティコンサートの直後に、池澤直美氏と池澤春菜氏親子は、新たな事業を開始した事実があるのです。このタイミングは単なる偶然でしょうか。疑惑を感じるのは私だけでしょうか。

VSC支援会地震への募金ご協力のお願い

VSC支援会チャリティコンサート2頁目

 なぜなら、ベトナムストリートチルドレン(VSC)支援会が主催する東北地方太平洋沖地震コンサートの連絡先及び会計担当が吉川裕子氏であり、東北地方太平洋沖地震への募金の現金書留の送り先が、VSC支援会事務局の所在地であり且つ(有限会社)ユニクックの住所地でもある〒222-0002 横浜市港北区師岡町10504に在住するVSC支援会理事の吉川裕子宛であり、振込先が、ゆうちょ銀行 店番 028 普通 口座 2590622 ヨシカワユウコ宛であり、さらに、池澤直美氏の出版企画人が、その吉川裕子氏ご本人であるからです。

さらに、VSC支援会理事の(有限会社)ユニクックの吉川賢一氏(フリーカメラマン)は、吉川裕子氏の弟さんであり、なぜか別名で吉川弦太氏とも名乗っており、池澤直美氏の出版本のカメラマンとして写真を担当しているとなれば、VSC支援会ホームページで宣伝されたチャリティコンサート(主催=池澤直美・東北地方復興支援の会港北代表=池澤直美・司会=池澤直美、朗読・歌=池澤春菜)は、単に池澤親子の売名のためだけではなく、収益金の一部または全部が、池澤直美氏出版本及び池澤春菜氏ら変身写真館の資金に流れているのではないかとの危惧が否めません。これは杞憂でしょうか。

 

そもそも、「2011年9月末日まで募金(74,800円)が届けられておりました。」との前記池澤直美代表の報告は、チャリティコンサートで入場者一人当たり1,500円を徴収した割には、さらに、コンサート当日およびそれ以降1カ月半も経過しているにもかかわらず、74,800円では、募金額として少な過ぎると思うからです。しかも、大きなイベントでの募金額は公表されることが常ですから、コンサート会場での8月14日の募金額が明記されていないことも、最大の疑惑をもたらしています。さらに、募金額の中にチャリティコンサートの収益金が含まれているかどうかも明確ではありませんから、なおさら疑惑は深まるばかりです。

VSC支援会チャリティコンサート1頁目

 

何よりも、ベトナムストリートチルドレン支援会「東北地方太平洋沖地震への募金協力のお願い」のページが、当ブログの前回記事掲載以後に消去されている事実は、最早杞憂では済まされない証拠ではないでしょうか。

VSC支援会地震への募金ご協力のお願い


池澤(ショーエンバウム)直美氏が、ベトナムストリートチルドレン支援会の理事(役員)でありながら、同時に東北地方復興支援の会港北代表ともなり、異なる二つの立場を持って実施したチャリティコンサートが、*本会は、純粋にベトナムホーチミン市のFFSCの活動支援及びストリートチルドレンを救済するための組織とし、この組織を活用し商業を目的として活動したい団体及び個人とは一切の関係をもたないものとします」との、ベトナムストリートチルドレン支援会が社会に公約していた内容に明らかに反していたということであり、それは、池澤夫妻の名前が、理事職から削除された事実が何よりの証拠であると思います。

いずれにせよ、ベトナムストリートチルドレン支援会が、池澤夫妻を早急に理事から更迭したことによって、同支援会の公約を守られたことは賢明であったと申し上げておきます。ベトナムストリートチルドレン支援会におかれては、池澤ショーエンバウム直美氏のように、心にもない事を大げさに口先で述べ、行動が伴わないどころか、逆に会の公約さえ守れない理事(役員)など迷惑なだけでしょう。今後、新理事選任の際には、くれぐれもご注意ください。

ベトナムストリートチルドレン支援会2012/01/11 00:08

ベトナムストリートチルドレン支援会-
夫婦や親族らで運営している団体は要注意

青の太字をクリックしてください。写真等が表示されます)

一つの企業や一つのプロジェクト・チームの中に、複数の家族が混入していれば、その家族らによる思いのままの運営が可能となります。つまり、同族企業という訳です。その結果、往々にして暴走することがあり、事件になる場合もあります。

苟(いやしく)も、公益法人、つまり寄付を集めるような団体に、家族、いわんや夫婦が同時に役員として登録されているようなことは、あってはならないでしょう。夫婦で2票を持った役員など、強権者となってしまいます。また、不正行為の温床ともなりかねません。いかなる活動であれ、夫婦の一方が起票し、夫婦の他方が承認するような形態が存在するのであれば、その夫婦の思うがままとなりましょう。

 

となれば、夫婦で「ベトナムストリートチルドレン支援会」写真1写真2)なる組織の役員となっているような状態は、決して望ましいことではないと言わざるを得ません。ところが、望ましくないということを、当人たち自身も分かっているとすれば、嫌味であり、それどころか、妻の言を借りれば「悪質」とすら感じられます。

なぜなら、HPや活動においては、さんざん、「池澤ショーエンバウム直美」を名乗って、トマス・ショーエンバウム氏の妻であることを公開しているにもかかわらず、「ベトナムストリートチルドレン支援会」のHP内では、「池澤直美」と外国姓を取り除いて公開し、あたかも、自分の名前の真上に記載されているショーエンバウム氏の妻ではない、ショーエンバウム氏とのつながりなどないかの如く、他人を装い、別の顔を強調しているからです。

 

つまり、「ベトナムストリートチルドレン支援会」なる組織は、不正の温床となる土壌がすでに形成されていると思われます。なぜなら、公に寄付を集める団体として活動している以上、夫婦揃って理事を務めるような運営のあり方は、許されないからです。

さらに、この支援会は、池澤直美氏の事業に深く関連する、有限会社ユニクック運営責任者の吉川賢一氏フジサンケイ ビジネスアイの社員である赤石英治氏などが含まれており、フジサンケイビジネスアイのアフレッシュ塾長であった桧田仁氏が理事長となっています。

そして、「ベトナムストリートチルドレン支援会」事務局の所在地は、有限会社ユニクックの所在地と同じなのです。

また、2011年12月15日付け池澤直美氏のブログで「吉川弦太さんは、『いつか料理本を出す時にはこの人と!』と私が思い続けてきたプロのカメラマンです。生来の優しさがにじみ出るような素晴らしい写真を撮ってくださいました。」と記載していますが、この吉川弦太とは、上記「ベトナムストリートチルドレン支援会」の理事であり、ユニクック運営責任者の吉川賢一氏と同一人物であることを付言します。

本名である吉川賢一を顔写真とともに公開し、なぜ、他方では吉川弦太として使い分けなければならないのでしょうか。これも、望ましくない運営のあり方を知っているせいかも知れません。

また、2011年7月24日付けの同ブログにおいては、「カメラマンのゲンちゃん」「コーディネーターのユーコさん」が登場しますから、この「ユーコさん」は、ベトナムストリートチルドレン支援会理事の「吉川裕子さん」と同一人物である可能性が高いと思われます。有限会社ユニクック運営責任者の「吉川賢一」さんが、「吉川弦太」さんだったのですから、コーディネーターのユーコさんは、「吉川裕子」さんであり、かつ、同有限会社の代表者と表示されている「吉川祥子」さんと同一人物かも知れません。「裕」と「祥」は、どちらもしめすへんですが、「ユーコ」と「ショーコ」或いは「サチコ」を、変換ミスするとは考えにくいですね。

 

何よりも、「東北地方太平洋沖地震への募金ご協力のお願い」写真)の中において、募金を、理事の吉川裕子氏の個人口座に振り込ませるよう設定し、「直接理事に手渡し」とまで記載されているにあたっては、あまりに非常識過ぎて笑えます。なぜなら、個人の口座に振り込ませれば、それだけで、詐欺罪の恐れが生じますし、現金渡しを禁じ、振り込みは総て会社宛に設定すべきことなど、まともな会社であれば常識中の常識であるとともに、周知の事実であるからです。理事とは言っても、所詮は、親族らが集まり内輪で決めた役職であり、外部からでは、人となりも顔も知らない訳ですから、完全に信用できることなどあり得ません。長年活動を続けて来られた実績のある杉良太郎さんと伍代夏子さんのように、金銭的余裕のある本物のセレブでない限り、ふと魔がさすことや、募金と同じ年に家族が立ち上げた写真館や、やはり同じ年に自らが大売り出し中の書籍の資金として流用するようなことだってなきにしもあらずです。理事の中には、公認会計士の方もいらっしゃるようですが、このような事態を容認しておられるとしたら、さらに笑えます。

 

つまり、「ベトナムストリートチルドレン支援会」は、池澤直美夫婦ならびに池澤直美氏の仕事仲間である有限会社ユニクックおよびフジサンケイビジネスアイとの混成チームといえる団体でしょう。

名目は、ベトナムでもいい、東北の地震でもいい、何でもいいから、兎に角、まずはお金を、まずは寄付をと、多く集めることを、第一義的に活動する団体ということなのです。

そして、池澤直美氏は、多くの浄財を世界中からも集めているとのことですから、お金の収支は、なおさら、正確に、正しく処理されなければならないでしょう。しかし、このような事務局体制では、不正が起こらないとの保証はどこにもありませんから、大変心配です。むしろ、家族や親族らで、集めたお金を好き勝手に流用する可能性も高く、危険性が大きいと考えざるを得ません。

 

また、平成23年8月14日、横浜市港北公会堂で入場料1,500円で開催されたチャリティコンサート募金の御礼写真)として、平成21年10月1日の報告の中に、集計金額74,800円(平成21年9月30日締切)とありますが、募金はたったこれだけだったのでしょうか。

日本中で、地震に関するチャリティコンサートは開催されていますが、事前に「コンサートによる収益金は全額寄付する」「コンサートの入場料は全額、日本赤十字社を通じて東北・関東大震災義援金とする。」「入場料から義援金を寄付する。」「入場料の一部と当日集まった支援金は、震災復興のために寄付される。」などと告知されています。しかし、VSC支援会のチャリティコンサート写真1写真2)には、何が寄付されるのかについて、予め明確にされていません。チャリティコンサートは赤字だったのでしょうか?

収益金はなかったのでしょうか?

収益金があるなら、それはいくらで、寄付はされないのでしょうか?

当日の募金箱の集計も加えたのでしょうか?

7万円程度では、たった50人分の入場料にもなりません。地元の商店街を巻き込み、国がつぶれるかどうかの瀬戸際にあるギリシャ政府観光局が後援し、篤志家がついていたとまで公開していたのに、この程度の金額しか集まらず、これだけしか寄付することは出来ないのでしょうか?

チャリティコンサートと言えば、通常、出演者は出演料無料で、入場料金も含めて募金の額に加えるものですが、このコンサートは、出演者に出演料なども支払ったのでしょうか。出演者の中には、池澤直美氏の長女である池澤春菜さんも名を連ねていましたから、地震災害にかこつけて、親族のプロデュースをなされたうえ、自ら司会役を果たすことで、人一倍強い自己顕示欲をも満たしたのでしょうか?

池澤直美氏の2011年7月15日付けのブログによれば「港北から東北へ~願いは音にのせて」は、一人でも多くの皆様の暖かいお心が届くのを待っています。入場料の1500円は、最小限の経費を差し引いた全額を、私たちが直接、陸前高田ボランティアセンターへと届けます。出演者の皆様も、お手伝いをしてくれるスタッフの方々も、みんな手弁当のノーギャラです。それでも、『機会を与えてくれてありがとう。』と言ってくれます。そんな人たちが集まる限り、きっと良いものができるはずです。」と記載されていますが、どうにも納得がいきません。

会場は、600名収容可能なホールですから、単純計算でも90万円の入場料が入り、ホール使用料金が18,000円に割増が取られたり、付属施設使用料が取られたりしても、出演者がノーギャラであったとすれば、かなりの額が寄付できるはずです。実行委員の集まりや、打ち上げ会なども、最小限の経費に含まれているのではと勘繰りたくもなろうというものです。

あまつさえ、「ベトナムストリートチルドレン支援会」の理事である池澤直美氏が「東北地方復興支援の会 港北」の代表でもあり、会計報告までひとりで行なっているに至っては愚の骨頂であり、まったくもって理解することなどできません。よくぞ報告出来たとその厚顔さに呆れます。通常では、企画した者である「理事」が、支援の会の「代表」となって、一人二役を務めることなど到底できるものではありません。これでは、池澤直美氏の、池澤直美氏による、池澤直美氏のためのチャリティコンサートとなってしまい、この女性の考え一つで、何でも可能となりますから、運営が不明朗だと指摘されても仕方がありません。

このように、「ベトナムストリートチルドレン支援会」は、池澤直美氏の夫君やお嬢さん(コンサートに出演)といったご家族ならびにご親族やお仕事仲間によって運営されている団体ですから、兎にも角にも、不明朗会計であることは拭えません。

2008年12月5日の池澤直美氏のブログによれば、「食事が終わって心身共に満足した瞬間に、リーダーのJIN先生が突然、『日本で一番おいしい新米を食べに行きましょう。みんな、手帳を出していつにするかを決めて!』と鶴の一声。銀座かしら、青山かしらと気軽な気持で手帳を開いたら、『行き先は新潟!僕が知る限り日本で二番目においしい料亭です。』という声が頭の上から降ってきました。『車内で会議をして、日本一のお米を食べて、また会議をして帰ってくれば有効に一日を使えるでしょう?』ということで、超多忙な仲間たちが全員折り合いの付く2ヶ月半後の今日が設定されました。とあり、このJIN先生とは、桧田仁ベトナムストリートチルドレン支援会理事長のことでしょうか。

いずれにせよ、「ベトナムストリートチルドレン支援会」なる組織は、いつ結成されたのかすら明らかにしていない上、チャリティコンサートのイベント実行委員会をVSC支援会の事務局が務め、東北地方復興支援の会 港北が主催しているものの、その主催者代表がVSC支援会の理事である池澤直美氏であり、主催者代表が司会をし、長女が出演し、チャリティコンサートの収益金の使途すら明らかにしない池澤直美氏夫婦を理事に抱えている団体ですから、ベトナムストリートチルドレン支援会自体、不審な団体と考えられても仕方がないでしょう。

また、この女性のいい加減さ、杜撰さについては、この女性と過去に因縁があり、このブログの読者である妻が、しばしば憤っています。一部を述べますと、プラティエス株式会社代表取締役として、その事業内容には、「■フジサンケイビジネスアイ『“脱”団塊アフレッシュ』企画協力、インタビュー、ブログ連載」、「■『次世代教育アフレッシュ塾』企画・運営協力」とありますが、「フジサンケイビジネスアイ 脱団塊アフレッシュ」やユニクックの「Bon sens-良質のレッスンから始める自分探し-講師」として始めたものの、今やそれらは企画ごと総てなくなりました。ホ-ムページも総て閉鎖されているにも関わらず、現在も残したままなのです。

余談ですが、有限会社ユニクックが企画した池澤直美氏による「インターナショナル・○○○レッスン講座」なる代物は、鳴り物入りで大々的に予告されたものの、実際に開催されることはなく、結局、企画倒れに終わり、他の開催していた講座も、総て閉鎖されています。

さらに、プラティエス株式会社代表取締役として、その事業内容には、「■学校法人恵泉女学園生涯教育事業コンサルティング」および「■学校法人恵泉女学園恵泉銀座センターの企画・運営」とあり、プロフィールには、・20061月~200912月 学校法人恵泉女学園生涯教育コンサルタント、恵泉銀座センターディレクター、恵泉銀座センター講師と、記載されていますが、2006年6月、学校法人恵泉女学園は、銀座4丁目聖書館ビル内に恵泉銀座センターを開設、2009年12月閉室しました。と記載されています。

したがって、最早、同センターの企画・運営がうまくゆかず、講座には、自らのみならず、夫のトマス・ショーエンバウム氏をも講師として送り込み紹介していましたが、受講者が集まらず、経営が成り立たずに結局は閉室へと追い込んだ張本人であったにも関わらず、現在もなお、企画・運営を、事業内容として残しているのです。

上記は、過去の遺物でありながら、後生大事なリンク先として、いつまでも残しておきたいようですが、実際には、クリックしてもたどりつけない状態で、何も見えない有様となっています。「こうしたやり方を『ダサイと思う』と批判して、飄々と粋に今を生きろと、(2011年11月21日付け)ブログに書いていたのは、当のご本人なのに……」と妻は言っておりました。

さらに、恵泉銀座センターの近くに事務所まで構えたと宣言し、取締役に就任したと誇らしげに報じていた「銀座トリアンダ」に至っては、2009年1月に代表取締役として着任したものの、驚くなかれ、何と同年6月に辞任しているのですから、まったくもって軽率です。

また、2011年11月16日付けブログには、オリーブオイルソムリエとして講座を担当した様子がテレビで放映されるとのことで、写真まで載せて大々的に宣伝し、「放映日が近づきましたらまたお知らせいたしますが、番組名はNHK『あさイチ』です。」と書かれていたそうです。しかしながら、なかなか放映日が知らされなかったため、ある時、妻は、日本オリーブオイルソムリエ協会のHPを検索して、放映日を調べたそうです。すると、「20111211NHK総合テレビ朝の番組『あさイチ』(2011126日午前815分~855分放送)にて、当協会のオリーブオイルソムリエ講座ならびに講座風景が紹介されました。」と書かれており、放映日はとっくに過ぎていたことがわかりました。

この女性は、売名と自分の利益になる書籍の宣伝であれば、発売日に合わせて用意周到に、自らのブログのみならず家族総出で、ツイッターに、ブログにと、一丸となって、執拗に宣伝していたそうですから、テレビでは、自分の出番がカットでもされたのでしょう。仮にそうであったとしても、お知らせいたしますと書きながら、放映日の連絡をしなかったのは、あまりに無責任であり、いかなる読者に対してであれ、大変失礼だと思います。

 

さらに遡れば、2011年6月2日付けブログでは、「私を元気にする名言集」という特集で、さて、そんな6月最初の日に発売された『とある』女性誌に、写真付きで小さな記事が載りました。」として、ゴージャスな顔ぶれとともに雑誌に載りました、とブログで紹介していました。雑誌の名前くらい自分で調べろとでも言う不親切な感じだったそうです。ところが、後になって、その雑誌の名前を(「EFiL(エフィル)」)とホームページで公開したのです。ところが、その時点では、その雑誌は既にその号を最後に廃刊となっていて、売られておらず、書店で見ることも、買うことも出来ない状態だったと、妻が怒っていました。

社員も部下もひとりもいない会社であるにせよ、会社社長を自称する身として、しかも若くて未熟というのならいざ知らず、年齢からみてもこれらの情報伝達方法は、かなり中途半端かついい加減であり、改善すべきではないかと感じました。

 

最後に、池澤直美氏のプロフィール・ページは、当初のホームページ開設時から、全く同じ写真が掲載されています。こちらも、過去の姿のままで残しておきたいようですが、最新のお写真に代えられたらいかがでしょうか。粉飾なし、偽りなしの、ありのままの写真を、カメラマンの弦太さん(賢一さん)に依頼して……