「本人訴訟」に対する「リーガルハラスメント」を許してはならない!No.92015/05/03 18:25

「本人訴訟」に対する「リーガルハラスメント」を許してはならない!No.9

 

 憲法記念日にあたり、一言。本人訴訟に対して、司法が嫌がらせを仕掛けてきた。本人訴訟で闘う者には、差別をする、耳を貸さない、証拠を受け付けない(受け取りはするが証拠調べはしない)、申立書は無視する、次回期日を確実に知らせずに弁論を終結する。つまり、日本国で本人訴訟が認められているにも関わらず、司法は露骨な嫌がらせを仕掛けてくる。これを、私たち夫婦は、「リーガルハラスメント」と呼んでいる。

 

裁判官に公平な審理を求めるなら弁護士をつけろ、と言わんばかりの3名の裁判官らの法廷での対応は、鼻持ちならない。

裁判を受ける権利が憲法で定められ、保障されており本人訴訟が認められている限りにおいて、訴訟代理人弁護士側と本人訴訟側間の差別はあってはならないことだ。

 

しかし、現実には、そのあってはならないことが起きており、そのため私たち夫婦は途方もなく膨大な時間と労力を強いられている。裁判の行方は証拠で決まるが、相手方(原告)のブログ記事や私たち夫婦(被告)のブログ記事など大量の証拠を軽んじた裁判所が証拠調べを怠り不提出扱いにされているのだ。さらには、提出しようとして用意していた準備書面ならびに証拠を提出させずに弁論を終結したのである。

 

ところで、3名の裁判官らおよび裁判所書記官らの差別扱いについて、裁判官忌避・裁判所書記官忌避の申立て制度もあるが、これらはまったく有効に機能していない。こんな裁判官らがいますよ、こんな裁判所書記官がいますよと知らせたところで、例えば裁判官らと相手方が姻戚関係の事実があるといった稀なケースを除いて、却下されるだけである。

 

畢竟、裁判を受ける権利は弁護士をつけなければ守られない。そうであるなら、日本を法治国家と呼びたいのであれば、国会議員は、司法の現状を鑑み、本人訴訟を認めないように法律を改正すべきだ。

 

裁判所が、私たち夫婦が提出した原告の膨大なブログ記事の書証を不提出扱いとしたことで、原告のブログ記事を引用した私たち夫婦のブログ記事が名誉毀損に当たらないとの立証すら不可能である。また、原告が訴状や陳述書で陳述している嘘(業務妨害、甚大な精神的苦痛、平穏な生活を送ることは不可能)を,実際に原告自身が日々時には一日に2件も夥しい写真類とともに公開してきた原告のブログ記事を証拠として提出して暴(あば)き立証することも不可能とされたのである。

 

よって、拙ブログでは、原告の訴状や陳述書の嘘を暴くとともに、私たち夫婦のブログ等に責任がないことを世間一般に訴えていくことで、原告の裁判所に提出された陳述書や証拠と、実際の当事者間の現実社会生活との齟齬があってはならない、つまり、上手に嘘を付いた者が得をするという、決してあってはならない世の中を少しでも是正できればとの信念を貫いていく。

 

原告は「被告らの攻撃によって原告が蒙った精神的苦痛は甚大」(訴状7頁)、「そんな時にはいつも天野夫妻のブログのことを考えてしまい,ますます眠れなくなってしまいます。」(49123乃至25行目)と陳述するが、原告自身が一般公開したブログ記事を証拠として矛盾を指摘するとともに反論する。

 

以下は、私たち夫婦の平成26714日付け準備書面(8) (未陳述=提出してはいるが未提出扱い)の133頁以下であり、証拠は、提出はしたものの未提出扱いとされた書証および提出できずに終わった未提出の書証が大半出現している。

偲ぶ会について,原告は,「夏樹と離婚をした後遺症で,しばらくたった後に,自分でも思ってもみなかった一種の状態となりました。人と話すことも表に出ることもつらい中で,お母様のご訃報に接し」(31・電子メール)と被告ベラに書いており,平成117月とされる池澤夏樹氏との離婚後,原告自身が「状態」となったことを伝えたが,実際には平成1111月の偲ぶ会で自ら「話をしてあげましょうか」ともちかけて参列した事実があり,表に出て人前で話すことを原告自身が希望して来た事実から,この時の「●状態」も虚偽であった事実は明白である。なお,「人と話すことも表に出ることもつらい中で」(31・電子メール)との表現は,「人と話すことも,会うことも苦痛の日々でした」との原告のギリシャ時代の旧友とされるキキ氏が書いた手紙の文面に書かれた文章の引用であり,原告自身の心情を語ったものではない。さらに,原告はこの時もまたキキ氏から届いた病に関する不幸な手紙の文面を原告自身のブログに貼り付ける形で一般に公開している。主人が倒れて,入院生活はもう10ヶ月になります退院はいつになるのかわかりませんさすがに私も疲れがでて,この半年の間に腎臓の手術のため2回も入院しました長女の早産に続き,生まれた赤ん坊のヘルニアの手術,次女はやはりストレスで入院,,,,(乙30724・未提出・1頁目2頁目3頁目・「山あり 谷あり」・20101230日)

 

以下は、平成26714日付け準備書面(8) (未陳述)8頁以下である。

原告は自身の睡眠障害をしきりに訴えて被告らのせいにしているが,公開されている原告のブログ記事を読めば,加齢,睡眠不足,運度不足,体力不足,不規則な生活態度,米国移動前の睡眠不足,早朝の荷づくり,時差ボケ,アルコール依存,体内カレンダーの乱れ・体内時間の混乱,学生時代からの持病と原告が自認する精神疾患・「閉所恐怖症」(恐怖神経症)による焦りや不安,「揺らぎの第二思春期」と原告が自称する鬱っぽい状態,旅先で罹患した帯状疱疹などありとあらゆる原因が見つかり,特に,高齢でありながら13時間も飛行機に乗らねばならないような「移動型の暮らし」(乙99250・未提出扱い・1頁目2頁目3頁目を続けている事実に根本的な原因があると読み取れることから,被告らに責任がないことは明確であり,来年も再来年も,健康でありさえすればずっと続くであろう,こうした移動生活の中で,いったい私は何をしたらいいのか,何ができるのか,社会とどう関わりを持ち続けたらいいのか,どういう形でそれを持ち続けられるのか,,,,,そんなことをひとたび考え出せば,いくらヌクヌクと心地よいベッドの上でも,もう再び眠りに戻ることはできません」(乙30530・未提出・1頁目2頁目3頁目,乙99250・未提出扱い・1頁目2頁目3頁目・20101221日付け「私の行く末 私の仕事)とのブログ記事は,原告の睡眠障害の原因が,原告の「移動型の暮らし」とそれに伴う原告自身の行く末であるとの動かぬ証拠となっている。

 

したがって,「そんな時にはいつも天野夫妻のブログのことを考えてしまい,ますます眠れなくなってしまいます。」(49123乃至25行目)と被告らのブログ等に藉口して,原告自身が長きに亘って苦悩してきた睡眠障害からひいては●●病と診断されたと設定してまで,総ての責任を被告らに負わせているが,大きく事実に反する。前述のとおり,現在も公開されている原告の日々のブログを読めば,原告が睡眠障害,不眠症ひいては実際に●●病になったとしても,その責任や原因が被告らのブログ記事等にないことは明らかである。

そもそも,原告は,201184付け「月の下で花と木に囲まれて、ビールが飲めれば、、、、、 」との記事において「だいぶ軽くはなったものの,筋肉の緊張をとる薬と,心の不安を取り除くという2種類の薬を投薬されています眠気につながるからという理由で,これを飲むのは夜寝る前(乙305421頁目2頁目3頁目4頁目99244・未提出扱い)と書いて,「心の不安を取り除く薬を処方されていた事実を,既に原告自身のブログに明記・公開しており,被告らの本件ブログ等とは無関係に,20118月の時点で通院し心の不安を取り除く薬等の投薬を受けていた事実がある

原告が不眠症になったのは,前述のとおり,主として原告の移動型の暮らしに伴う不規則な生活や仕事によって睡眠環境を整えられないことが原因であり,201042日付け「ゆっくり歩きへとプチ家出」において「『体内カレンダー』のせい」(乙30518・1頁目2頁目)と原告自身が書いて公開している事実があり,2010930日付け「心張り棒 という緊張感」において「ちょっとばかり泳ぎすぎました妙に心地よく眠いのですと公開し(30526未提出1頁目2頁目・乙99245・未提出扱い2011613日付け「動く地球と共に~マウイ2」において「とは言え,昼間よく動いて眠くなりました」(乙30539未提出1頁目2頁目)と公開している事実から,運動不足も原因のひとつと考えられ,つめこみ労働等やらなければならない雑事に追われていること,ネット依存症,ブログ依存症,渡米前の原告自身の時間管理の不備による多忙さ,時差ぼけ,疲労,加齢,過重労働,行く末の不安,体内カレンダーの乱れ等などに原因があると原告が自身のブログに明確に書いて自認とともに一般公開している事実があり,被告らは下記のとおり具体的根拠を挙げながら,疎明資料とともに提出する。

2009224付け「ゆっくりとキョロキョロと,足を止めて」より,「こんな時は目覚めからしていけません。目覚まし時計が鳴るのよりも早く起きてしまい,目醒めた途端に頭が仕事モードになってしまいますヌクヌクのお布団の中に居続ければいいものを,暗いうちから仕事部屋にこもります。」(乙3051未提出1頁目2頁目

200939付け「『まじっすかあ! の浮世床より,「『ようし,原稿を仕上げるぞォ! 『本を読むぞォ!』 と意気込んで行ったところで,たいていは面倒くさくなって,途中から心地よい眠りの世界に入ったり,他のお客さんと美容師さんの会話を興味深く聞くことになります。」(乙3052・未提出1頁目2頁目

乙305の3 1頁目

2009310日付け「哀しみ,そして,ありがたさ」より,「クレタ島への出発が迫っているというのに,片づけなければならない仕事がまだまだ気が遠くなるぐらい残っています。一日が30時間だったらいいのに,などと途方に暮れながらも,今日はどうしてもしなければいけないことのために長い時間を使いました。そのしわ寄せでたとえ眠りを削られようとも,それをしないままに旅立ってしまったらとても後悔するだろうと思ったからです。」(一部削除修正・乙3053・未提出1頁目2頁目・乙4711頁目99141・未提出扱い

2009313日付け「ルフトハンザつれづれ~ミュンヘン空港にて」より,「とめどもなく眠りの波に飲み込まれて,眠りと覚醒の間を心地よくたゆたっているうちに,ミュンヘンに到着しました。出発直前のラストスパートの数日間,短い睡眠で切り抜けてきたのがこんな時に功を奏し,12時間半ものフライトタイムがまるであっという間に過ぎました。」(乙3054・未提出1頁目2頁目

2009318付け「ブラボー!と叫びたくなる朝」より,「寒くて暗い部屋で,毛布をクルクル巻いて古い寝台の上に横たわった眠りは,不思議なことにこの何週間かで一番の熟睡をもたらしてくれました」(乙3055・未提出1頁目2頁目

200946日付け「ザウルス モリス に スイミング」より,「珍しいですよ,日本人でこんな壁紙を貼る方は。長いこと仕事してきて奥さんだけですよ。」でも,誰が何と言おうといいんです。私,毎晩モリスの部屋で眠り,快適な朝を迎えているんですから」(乙3056・未提出1頁目2頁目

2009528日付け「ナオミライクなバタバタ24時間配分法」より,「そんな人を見るたびに,『どこが違うんだろう?何が違うんだろう?』と思いながらも,いまだに私は24時間の配分に息切れをしています。」「『いざとなったら睡眠時間を減らせばいいのさ』といういつものパターンで,今朝は4時に起きました。」(乙3057・未提出1頁目2頁目

200966付け「人間ドックを終えて~1年を良きことのために 」より,「『一日8時間を!』が理想的な睡眠だとしたら,私たちの眠りはひどいものですその半分ぐらいしか眠らない夜もしょっちゅうですそれでも2人ともこの数年,風邪一つひいたこともありません。私自身で言えば,最後に寝込んだのはインフルエンザにやられた10数年前でしょうか。」(乙3058・未提出1頁目2頁目

2009630日付け「巡る音と共に眠る6月最後の日」より,「そして今は『夜想曲』。今夜は巡り巡る音とともに眠りに就くことになりそうです。」(乙3059・未提出1頁目2頁目

200973付け「コミュニケーションは眠気との戦いより,「と言うわけで,それぞれが別の場所にいる時には,私は何時になろうと必ず眠りに就く前に,我がパートナーに,今日したこと,明日することを日記のようにメールに書いています。最後には必ず,「I love you.」 の言葉を書き添えます。 日本語だと照れくさくて,なかなか口にしたり書いたりできない言葉でも,日常的にできてしまうところが英語文化の便利なところ(笑)。」「今日だって本当は面倒くさいのです。次の仕事へ頭を切り替えるために,先ほど調子に乗って1キロ半も泳いできてしまったものですから,さすがに体中の筋肉がズシーンと重くてたまりません。瞼だって下がりかけています。いい具合にワインもまわっています。夜もかなり更けています。本当はここで小マグロのようにドタッと横になりたいのです。でも,仕方がない,自ら課したルールを守るべく,この後はまたアメリカのパートナーに向けての一仕事です。。。。。。コミュニケーションは時として眠気とのシビアーな戦いです」(乙30510・未提出1頁目2頁目

2009730日付け「朝日の中で第一幕が開きました!」より,「渦中にある時はじっと我慢する性格なものですから,ほとんど誰にも愚痴をこぼしませんでしたが,出発前に終わらせなければならない仕事が重なって,随分睡眠を削りましたとは言え,これもいつものこと渡り鳥の『渡り』の前はいつだってこんなもんです」「ですからいつだって私にとって飛行機の中は小さなパラダイスです。特に今回はパソコンも開かずに,本もしまって,頭を空っぽにしたまま,小刻みの眠りの海にフワフワと漂っていました。時間を気にせずにいられる安心感,寝過ごして失敗することもなければ,『こんな時間に寝ちゃった。』 と自責の念にかられることもなく,食べて飲んで,思いっきり怠惰に過ごせるのはまさに特権です。」(乙30511・未提出1頁目2頁目

2009731日付け「ストンストンの眠り考」より,「『それってまさに時差ぼけじゃないの?』と突っ込みを入れられそうですが,いえいえ,ストンストンストン,,,,,と繰り返されるのは,『あ,また眠れる!』と幸せな認識を持てる幸せな眠りの形です。だって,眠っている間が幸せなのではなくて,『眠れる』と思う時,すーっと眠りに入っていく瞬間こそが幸せなんですから。」「かつて本当の時差ぼけに悩まされていた頃は違いましたいったんストンと目覚めたら,しばらくはお布団の中で悶々とし,挙句の果てにあきらめてムクッと起き上がっては本を読んだり,PCで仕事をしたり,,,,そして明け方になって再び眠る,という辛い日々でした」「『可愛い子には旅をさせろ!』,我が身もだいぶ耐性がついて,たくましくなったものです。」「調子に乗って続ければ,私はどこででも寝ることができます名誉のために少しばかり表現を変えれば,短い眠りをうまい具合に補うことができます」「ネイルサロンで言われました。『どうぞ,どうぞ,おかまいなく眠ってください。』美容院で言われました。『よく眠っていらっしゃいましたねえ。』エステサロンでは,『池澤さま,お疲れ様でした。』と言われて,ガバッと目覚め,至福の2時間を何にも覚えていない自分に悪態をつきたくなりました。」(乙30512未提出1頁目2頁目99247・未提出扱い

2009917日付け「何と言う偉大なリーダー!」より,「素敵なお招きをいただいて,ダニエレ・ガッティ指揮のミラノ・スカラ座の特別演奏会に行ってきました。今回のスカラ座のオペラ公演は,ちょっと油断をしているうちにチケットが完売してしまい臍を噛んでいただけに,たとえ音楽と合唱だけでも飛び上がるほどに嬉しい機会のはずでした。しかも,席は一階の3列31番。と言えば,もうガッティさんの豪快な指揮棒の振動が伝わってきそうなところです。それなのに,不覚にも途中で眠ってしまったのです。」「ところが,夢中になっていたはずが,ふと気付けば本当に文字通り夢の中。右隣りの連れ合いが,時々突っついてくれるものの,またフワっと。。。。。。」「不謹慎にも,『ああ,何て贅沢な眠りの中にいるのだろう。』と思いながら,フィナーレの『アイーダ』の大合唱では大覚醒し,鳴り止まぬ拍手と『ブラボー!』の叫び声の中で,感動を新たにしました。」「たとえ途中でフワフワと漂ってしまったとは言え,昨晩の2時間半は我が身を反省し,理想的なリーダーのあり方について考えるゴージャスな時間となりました。」(乙30513・未提出1頁目2頁目

2010115付け「また今夜!」より,「朝は『グローバルキッチン』,夜は『ナオミライク』というリズムが狂い始めています。その発端は,一昨日の新年会からの深夜帰り。一人暮らしなら,そのままの乗りで何時になろうがいっきに書いてしまうところ,いえ,むしろそうしたいところが,共同生活となるとそうは行きません。」「心残りながらも,あきらめて眠りに就くことにして,翌朝,したためたのが,昨日の『超早朝ブログ』でした。」(99234・未提出扱い

2010127付け「つれづれなるまゝに,JALを思ひて 最終回」より,「眠れない夜が続き,ホテルの部屋の中を毛布を持ってウロウロと寝場所を求めてさ迷い歩き,クローゼットの中までか,風呂桶の中でまで寝ようと試みましたけれども,大して眠りもしないうちに朝を迎える日が続きました後にも先にも不眠症というのはあの時(被告ら注釈:1973年・昭和48年)だけです」「それでも若さがありました。寝不足の中で何とか任務を終えて,朗報と共に日本に戻るという前の晩に,ミスターショートがポトマック川の蟹を食べに連れて行ってくれました。」(乙30514・未提出1頁目2頁目

2010211付け「カドキキキ~母性に救われてより,「一つのそれなりに安定していた状態が終わって,次へと向かう時はいつも心が不安定になります『自由になった!』という開放感に気持ちが高揚する時もあれば,『こんなことをしていていいのだろうか?』『いったいこの先どうなるのだろうか?』という焦りと不安で一杯になる時もあります5年前に自らの意思で一つの安定した職場を去った時がそうでした。」「それでも自分で選んだ道,後悔こそはしませんでしたが,初めの頃は,夜中に何度も目覚めて再び眠りに就けなくなることもありました朝が来ないで欲しいと思うことすらありました」「5年前ほどではありませんが,1月からの私も,ミニサイズの『トランジション クライシス』の中にいます。『こんな時間の使い方でいいのだろうか?』『これが本当に自分のやりたいことなのだろうか?』という疑問が渦を巻いて,なかなか,達観した『余裕』に到達できません。引き算のシンプルライフを目指しているはずなのに,気づいてみれば,なんだか色々なものが手の上に乗っかってしまっています。」「もう少しで抜けられると思うのですが,このどんよりとしたお天気のせいもあって,このところなかなか気持ちがすっきりしません。」(乙30515・未提出1頁目2頁目

2010311日付け「私のパワースポット」より,「先週からの過重労働と,睡眠不足でかなり疲れがたまっているはずなのに,パワースポットのおかげでしょうか。何だかまだまだ色々なことができそうな気がしています。」「とは言え,明日は旅発つ身,そうそうに眠りに就かねばなりません。毎度おなじみ,早朝の荷造りです」(乙30516・未提出1頁目2頁目

2010314日付け「ランナーとガーデナーとスカラーと」より「最近は朝早く目が覚めるようになっちゃってねえ。」「そんな言葉をちょっと年上の友人たちから聞くにつけ,ついこの間までは他人事のように思っていましたのに,私も最近はすっかり彼らの仲間になりました目覚ましをかけたって,その必要がないぐらいに目が覚めます昔のようにお昼まで眠りをむさる(被告ら注釈:むさぼる)喜びなどは,夢のまた夢となりました。裏を返せば,短い睡眠時間でも足りるようになったのかもしれません」「それがどうしたことでしょうこちらの時間で1時に眠りに就き,途中2~3度目覚めてもまたすぐに眠りに落ち,まだまだ眠っていたい気持ちと戦いながら起き上がって時計を見れば,何と10時を回っていましたこの何年かの最長睡眠記録達成です(笑)出発前の2週間は,それこそギリギリまで睡眠を切り詰めて色々なことに取り組んでいましたので,その余波が来たのかもしれません」(乙30517未提出1頁目2頁目99248・未提出扱い

201042日「ゆっくり歩きへとプチ家出」より,「最近上手に眠れません眠りに就くのはストンと早いのですが,変な時間に目が覚めてしまうのです以前だったら,時計を見て『ああ,まだ時間も眠れる!』と幸せな気持ちになっては,またヌクヌクとした眠りに入ったものなのですが,最近はいけません。ついつい色々考えて,ますます目が冴えてしまうのです。桜の時期は大好きな季節なのに,同時にどこか気持ちが不安定になるのも,そんな体内カレンダーのせいなんだと思いますまるで新しい自分になって一歩を踏み出さなければいけないようなプレッシャーがあります。」「『書かなければ』と言う気負いもなくして,昨夜はゆっくりのまま書かずに眠りましたそして久しぶりに目覚まし時計によって目を覚ましました」(乙30518・未提出1頁目2頁目

201075日付け「余分なことは望まない,恐れもしない,,,,,」より,「ただ今,合宿中。 相棒との仕事の詰めを,時々 『合宿』 と称して楽しんでいます。さすがに彼女は眠りに就きました。 私は,これからしばらくの間,もう一働き静かで涼しいひとり時間を過ごします。」(乙30519・未提出1頁目2頁目

2010711日付け「都心の小さなグローバル空間」より,「昨夜のイベントの後片付けも,疲れも残っている中で,目覚まし時計にたたき起こされ,しばしぼんやりしていると,電話が鳴りました急いで受話器を耳にあてれば,一声,『ンママ!』冷水を浴びせらるよりも早く目が覚めました。キッチンのお皿とゴミの山をどうしよう?とか,大勢の来客ように変えてしまった部屋のレイアウトを元通りにしなければ,とか,『ああ,疲れた』 などと言っている場合ではありません」(乙30520・未提出1頁目2頁目3頁目

2010718日付け「日常の続きより,「昨日は長い一日でした。東京での目覚めから,機内で多少の居眠りはしたものの,30時間という長い昼の後で,ここ,ワシントンでの最初の朝を迎えました。時差のせいで,たとえ2時間ごとに目が覚めても,一日中適温に保たれたセントラルクーリングの家の,馴染んだ部屋の,柔らかなお布団に包まれて,良いことだけを考えながらフーッと眠りにひきこまれていく瞬間は,幸せです。」(乙30521・未提出1頁目2頁目3頁目

2010812日付け「寝不足&オオボケの木曜日の朝」より,「東に向かう時は時間が逆戻りするのに,西へ帰る時には,きちんとその分,早送りになります。」「あげく何が何だかわからなくなって,わからないままに,それなりに体内時間が調整されていきます。幸いなことに,いわゆる時差ぼけにはあまり悩まされずに,すぐに移動した地での生活を始められる方ですが,昨夜はやっぱり深夜に目が覚めてしまいました」「ちょっと復習をしてみれば,日本時間の火曜日の夜6時にワシントンで起きて,途中の機内で少しばかり居眠りはしたものの,東京で横になって眠りに就いたのは昨夜12時。つまり,30時間起きていたことになります。それならそれで,起きていた分長く眠れるだろうと思いきや,そうはいかないのが辛いところ3時間で目が覚めましたそれもかなりはっきりと。」「なのに寝ぼけました。自分が居るのが,つい昨日までいた家だとばかり思っていたのです。お昼寝から覚めて一瞬,「おや,ここはどこだろう?」 と思うのと似た感じです。」「かくして始まった8月12日,寝不足&オオボケの木曜日の朝です」(乙30522・未提出1頁目2頁目

2010815日付け「睡眠不足 七つの大罪」より,「帰ってきてから4夜目にして,初めて朝まで眠ることができました久しぶりにさわやかな目覚めです。」「時差ぼけはあまり関係ない体質』などと言っていたのですが,寄る年波のせいでしょうか(笑),ストンと眠って,きっかり3時間後に目が覚めてしまう夜が3日続きましたそのあげくどういうことになったかと言えば,,,,」「その1:当然ながら昼間はボーっとしています。その2:ついつい思考が後ろ向きになってしまいます。つまりふだんなら何でもないことや,楽しんで取り組めることも何となく面倒くさくなります。その3:出不精になります。アポをキャンセルしたりします。その4:集中度が落ちて,一つのことにやたら時間がかかるようになります。その5:優柔不断になって,決断にも時間がかかります。その6:『自分なんかもう世の中から忘れられてるんだ!』などと,なぜかひがみっぽくなります(笑)その7:根暗になります。つまり,これが身を持って体験した『睡眠不足あるいは睡眠障害における七つの大罪』。やはり眠りというのは私たちの身体ばかりでなく,心の状態にも大きな作用を持つようです」(乙30523・未提出1頁目2頁目

201097日付け「記憶という曖昧なものへの抵抗です。」より,近年はとみに早起き型になってしまって,何時に寝ようが本人の意思とは全く関係のないところで,目覚まし時計が鳴る前に目が覚めてしまいますそのままじっとしていても,再び眠れるわけでもありませんし,だいたいがじっとしていると,『あ,いけない,あれをやってなかった』とか,『ああどうしよう,あれをやらねば』とか焦り出し,『ああ,こんなことでどうするんだろう?』と嘆いてみたり,果てはあれこれの事態を想定しては不必要に心配し始めたりするものですから,潔く起きて動き出すことにしています。沈思黙考よりは,動いて気を紛らわすタイプ?」「それが今朝に限って,珍しくウトウトと眠りの海の中にいる最中に携帯の着信音で起こされてしまいました寝ぼけた頭でどうにか会話はしたものの,そのまま起き上がってしまうにはからだが重くて,窓を開け放って再び横になったのですが,,,,,」(乙30524・未提出1頁目2頁目

2010911日付け揺らぎの第二思春期」より,「働き者になったり,怠け者になったり。世の中面白いことだらけに思えてワクワクしたり,何だか何にもしたくなくなったり。予定をたくさん立てて外に出て行くかと思えば,面倒くさくなって家に引きこもったり。会いたい人がたくさんいるかと思えば,誰に会うのも億劫になったり。時間がなくて焦ったかと思えば,時間がありすぎてウンザリしたり。自分だってまだまだ世の中の役に立っていると充実感に満たされたと思えば,『もう自分なんて』とひがんでみたり自分が好きになったり,自己嫌悪に陥ったり。」「突っ張りで弱音はくのが嫌いでしたが,最近,人知れずに弱くなったり,欝っぽくなったりするこの頃です」「掃除をしたり,お茶の準備をしたりしているうちに,気持ちがだんだん軽くなり,娘を前に母としてのアドバイスをしたりするまでに回復して,『さあて,たまった仕事を片付けるかな,でもその前に一泳ぎして来よう!』と,いい具合に水に乗って1キロを泳いできました。」「ここまでは良かったのですが,この後でまた自己嫌悪につながる番狂わせが,,,,,」「いい具合にからだが疲れて,ちょっと横になったら,あるまじきことに寝入ってしまったのです馬鹿みたい,いえ本当に馬鹿。」「目下,3時半。このまま静かで涼しい夜を過ごすか,良識を取り戻して再び眠りに就くかは思案のしどころです。しばりのない自由は時として孤独です」(乙30525・未提出1頁目2頁目

2010930日付け「心張り棒 という緊張感」より,「一仕事を終えて夕方から泳ぎに行きました。珍しく空いていたプールに喜びすぎたのがいけなかったようで,ちょっとばかり泳ぎすぎました妙に心地よく眠いのですそれでも一通りのことを片付けて,さて一休みとソファーに深々と腰をおろしたのがたぶん10時頃。そして,『ここはどこ?今何時?』のぼんやりまなこがとらえたのは,3時を指す時計の針!かなり慌てました。」「家人がいれば,『そんな所で眠ったら風邪をひくよ』とでも起こしてくれたのでしょうが,まあまあ,縛りのない自由人というのは困ったものです。」(乙30526未提出1頁目2頁目99245・未提出扱い

20101014日付け「最悪の経験は力!」より,「けれども,たとえ3時間睡眠だろうが,2時間睡眠だろうがへっちゃらですなぜなら4年前の夏に最悪の経験をしているからです。」「大好きなあの家の解体工事が始まりました。それを見たくなくて,あえてその同じ日に日本を離れることにしたのです」(乙30527・未提出1頁目2頁目

20101027日付け「 帯状疱疹すらも流れて 」より,「ミラノ行きを前に,かなりピッチをあげて色々なことを片付けていましたので,ストレスも高じていたのだと思います平均睡眠時間も随分短かったはずです」(乙30528・未提出1頁目2頁目

2010116日付け「流浪の民の冒険の日々より,「時には眠りを妨げられるような痛みからいまだに解放されぬ身には,そんな一つ一つのトラブルがよりいっそう応えます。能天気な私もさすがにちょっと気弱になり,珍しくひがみっぽくなったりもします(笑)」(乙30529・未提出1頁目2頁目3頁目

20101221日付け「私の行く末 私の仕事」より,「来年も再来年も,健康でありさえすればずっと続くであろう,こうした移動生活の中で,いったい私は何をしたらいいのか,何ができるのか,社会とどう関わりを持ち続けたらいいのか,どういう形でそれを持ち続けられるのか,,,,,そんなことをひとたび考え出せば,いくらヌクヌクと心地よいベッドの上でも,もう再び眠りに戻ることはできません」(乙30530未提出1頁目2頁目3頁目99250・未提出扱い

20101229日付け「東京日常の始まり」より,「本当はかなり寝不足で,かなり疲れているのですが,こうして無理やり『東京日常』に心身をおいています。明日からの日々を生きるための方策です。旅暮らしの余韻には,ここでの生活にランディングできてから,思いっきり浸ります。それにしてもそろそろ限界です。日付が変わる前に眠りたい(のですが),,,,,」「若い頃は,旅先から日本に戻るのがいやで飛行機に乗ったあたりから『帰国ブルー』が始まったものでしたが,最近では何だか嬉しくて嬉しくてたまりません。年とともにだんだんと,この国が好きになってきました」(乙30531・未提出1頁目2頁目

201131日付け「セシリアとの再会~クイーンズタウンにてより,「セシリアと一緒に2回目の朝を迎えました。彼女はまだ私の後ろの大きなダブルベッドの上で静かな寝息を立てています私はカーテンも閉めたまま足音をしのばせて部屋を歩き,水道の蛇口から流れる音が部屋に伝わらぬようにきちんと洗面所のドアを閉め,デスクの上の小さなスタンドだけを点灯して,お湯を沸かすポットの音が彼女の眠りを妨げるのではないかとコーヒーも我慢をし,静かに静かにキーボードを叩いています」(乙30532・未提出1頁目2頁目3頁目

2011329日付け「偽善て何!その2~偽善のすすめ 」より,「こちらに来てからちょうど1週間がたったというのに,どっと吹き出たかのような疲れがなかなかぬけません。後遺症などと言ってはバチがあたりますが,終始テレビやラジオから流れる音声や画像にひたって,緊張感の中で暮らし,上ったり下りたりする感情の波にもまれていたことが,こうした疲れに繋がっているのでしょう。具体的に言えば,夜寝ても2~3時間で目が覚めてしまいますすぐには寝付けませんので,いったん起き上がって本を読んだり,PCを立ち上げたりしながら,再び眠りに挑戦します。『眠らなければ』という思いがプレッシャーにもなって,なかなか容易には眠れません当然昼間のある時間帯になると猛烈な睡魔に襲われます。それ以外の時間は,どことなく無気力で,情緒不安定で,ちょっとの刺激で涙腺が緩みます。『今日こそやらねば』と,その日の目標を紙に書いて目の前に貼ってみたりするのですが,なかなか到達できずに,翌日もまた同じことが書かれます。」(乙30533未提出1頁目2頁目3頁目4頁目5頁目998・未提出扱い

2011426日付け「されど憧れの暮しにはほど遠く、、、 」より,「買い物やら料理やらで昼日中アタフタし,客人がそろい食事が始まれば,そこはもう断然夜更かし型のギリシャ人。食べるわ飲むわしゃべるわで,いっこうに腰を上げる気配もなく,睡魔と闘う私が時折カクンと頭を落とすも意に止めず,『明日はボストンに行くから,そろそろ帰らなきゃ。』と言いだしたのがすでに深夜2時。それから膨大な量のお皿を洗ってようやく眠りに就いた身が,早朝5時に起きられるわけがありませんしかも重なる時は重なるもので,昨日の月曜日の夜も2組の夫婦を招いてしまったのです。ギリシャの友なら,何を失敗しても『ミピラージ』(気にしない!),『アフティ イネ イ ゾイ』(これが人生さ!)で軽く流せるものを,昨晩はそういうわけにはいきません。」(乙30534・未提出1頁目2頁目3頁目

2011512付け「花から葉へ、葉から実へ、実から収獲へと言う自然の営み 」より,「『時差ぼけ?ないと思う。などと小さな声で豪語していたのに(笑),どうも今回ばかりはいけません太平洋を渡る時差旅の後で,荷物を解く間もなく仕事に突入してしまったのがいけなかったのか珍しいことにうまく眠れません昨夜も合宿仕事の後で,1人になってブログを書いたり,メールに返信をしていたりしていたら,あっと言う間に4時。あわてて横になったものの,眠れません」「来し方の後悔はしょうがないとしても,行く末の諸々のことが不安となって頭の中でわけもわからぬシュールな映像ばかりが断片的に流れ続けますユルユルと緩むことに関しては得意なはずなのに,どうしたことか緊張が緩まないのです。そうこうしているうちに外はだんだんと明るくなり始め,敏感になった耳が朝の音をとらえ始めます。郵便受けに朝刊がポトンと落ちる音を聞いたような気がした時には焦りましたそして眠ることをあきらめました」「そのまま長い昼間が始まりました。それなのにちっとも眠くならないのです。たっぷり眠っていたって,昼間の会議の後で,『池澤さん,どこか悪いのですか?今日は居眠りしていませんでしたけれど。』などと言われたことも一度や二度ではない身横になれば10も数えないうちに眠っているのが常習の身明らかに少々異常事態です。ともかく一山終えました。少しばかり気が楽になりました。今日はきっと眠れるはず。」(乙30535・未提出1頁目2頁目3頁目

20110516日付け「Expressive(表現)コミュニケーション」より,「しっかり目覚まし時計を6時間後にセットしたはずなのに,目が覚めて時計を見たら午後の2時!!何と12時間以上もたっぷり寝ていたことになります。同じ年頃の仲間が集まれば,たいてい,『若い頃は昼まで寝ていたことがあったけど,もうできないよね,そんなこと。』とか,『最近は目覚まし時計も必要ないぐらいに,朝5時になるとパチッと目が覚めちゃって』だの,,,,こんな時の結論は,いつだって,『年のせいかしらねえ。』『年だから』とか,『年のせい』だとか,『年甲斐もなく』などという枕詞が好きでないのと同様に,ことさら若ぶるのも嫌い。要するに『別にどうだっていいんじゃない。人それぞれ違うんだから』ってな具合のいつものアバウト思考。」「それでも確かに,近年は良くも悪くも何時に寝ても,だいたい同じ時間に目が覚めるようになりました。それなのに,いったいどうしたと言うのでしょう。からだのメカニズムが狂ってしまったのでしょうか。いえいえ,たぶん,,,,,」「1週間前の日曜日にワシントンから戻ってからというもの,実はかなりの睡眠不足でした眠ろうと思っても頭がなかなか休まらず,平均したらたぶん2~3時間ぐらいの睡眠でやってきたように思います実際,友との合宿生活で,ついつい深夜まで仕事をしてしまったり,おしゃべりが終えられなかったりで,友が休んだ後からガタガタとブログを書いたり,アメリカの友から急ぎで頼まれた翻訳などをやっていれば,時間は面白いほどに過ぎていきます。」「というわけで,少々頑張りすぎました。昨日,請け負った仕事の山場が超えたとたんに気が緩んでこの体たらくです。やっぱり,言いたくないけど年のせい?と,同時に,こうも思います。『こんなに眠る力がまだあるなんて若い証拠かしら』って(笑)。」(乙30536・未提出1頁目2頁目3頁目

2011519付け「明日が来るからつらいことも~ノックダウンコミュニケーション」より,「安定した仕事を自ら辞してフリーになって歩き始めた頃の自分を思い出します。被災地の方々の絶望に比べたら,比較することなど本当に申し訳ないぐらいの小さなものなのですが,一時,失望に打ちのめされたことがありました。意気揚々と初めの一歩を踏み出したはずなのに何をやってもうまく行かない。こんなはずじゃなかった,いったいどうすればよいのだろう,と悶々としながら眠りに就く日々が続きましたそんな時には決まって思ったものです。『ああ,このまま眠って朝が来なければいい。朝が来るからつらいんだ。』と」(乙30537未提出・1頁目2頁目3頁目9953未提出扱い・1頁目2頁目99149未提出扱い・一部削除)

「ところで,困ったことになっています。別に明日に絶望をしているわけではないのですが,相変わらず上手に眠れないのですまずは早寝早起き,規則的な生活にしようと試みているのですが,昨日も眠って2時間で目が覚めてしまい,その後しばらく眠れませんでしたこんなことは初めてですこうした日々が重なると,朝からすでに疲れていたり,昼間眠ってはいけないところで突然眠気に襲われたり,頭痛がしたりします。さすがに何とかせねば,,今日二つのものを買い込んできました。ひとつは医者が科学的に作ったという安眠のための音楽CD。そしてもうひとつは,一時的に寝つきが悪い,眠りが浅い』人のための睡眠改善薬です。説明書にはこんなことが,,,● ストレスが多く眠れない方の一時的な不眠に心配事があって夜中に目が覚める方の一時的な不眠に疲れているのに神経が高ぶって寝付けない方のために不規則な生活で睡眠リズムが狂い寝付けない方のために ストレスあるのかなあ心配事あるのかなあ神経が高ぶっているのかなあリズムが狂っているのかなあ,,,,,,自分ではよくわかりませんが,とにかく今晩はこれからゆっくりお風呂に入って,ためしに睡眠改善薬とやらを飲んでみて,CDをかけながら横になってみます結果はまた明日御報告しますね。」(乙30537未提出1頁目2頁目3頁目9953未提出扱い1頁目2頁目99149未提出扱い上記総て一部削除)

乙305の37:一部削除前

乙第99号証の53 3頁目

乙第99号証の53 4頁目

乙305の37:一部削除後

乙305の37 1頁目

乙305の37 2頁目

乙305の37 3頁目

2011520日付け「響き合いが泉のようにより,「ご報告:からだが小さいせい?薬慣れしていなかったせい?ともかく効き過ぎました。目覚ましを鳴らした3時間後にやっと目覚めました起きてもまだ眠くて,午後までずっとボケ頭もう懲りました今夜からはたとえ眠れなかろうが,睡眠CDだけにします(笑)」(乙30538・未提出1頁目2頁目3頁目

2011613日付け「動く地球と共に~マウイ2」より,「私一人が,この物音1つしない大きな居間で,カタカタとキーボードを叩いています。とは言え,昼間よく動いて眠くなりましたごくごく手短かに本日のメインイベントについて御報告してから,私も眠ります」(乙30539・未提出1頁目2頁目

201179付け「何にもしないという選択肢より,「朝から太陽をたくさん浴びて,たくさん歩いて,たくさん汗もかいて,おまけに見晴らし抜群のカフェで昼間から生ビールなど飲んで帰ってきてしまったものですから,目下,かなりグッタリとではなくマッタリと疲れています。」「夕食に出るまでの制限時間は1時間半。選択肢は3つです。水着に着替えて7階まで下りて一泳ぎしてくるか,快適なカウチに横たわって一眠りするか,期間限定の贅沢な仕事場で,眠気と戦いながら一書きするか」(乙30540・未提出1頁目2頁目

2011730付け「忙しいなんて言わない」より,「とは言え,ここだけの秘密のつぶやき。今日はちょっと忙しかったかないえ,『忙しかった』ではなく『疲れた』かな(笑)」「それを羅列するのも野暮ですけれど,朝8時前に出たと言うのになぜかいつもの道が大渋滞,ワークショップが始まるという10時に間に合わなかったらどうしようと,かなり気をもみながらハンドルを握っていました。実はこういうことがけっこう疲れるのですよね。帰ってすぐに,今度は急いで着替えてから,待っていた夫を乗せて,ある素晴らしいプログラムの修了式とそれに続くレセプション。そのどちらも,たくさんの感動があって,いい形で気持ちが揺らいだことも疲れの原因かもしれません。」「あろうことか,テレビを見ている夫の横で,ソファに寝そべったまま寝入ってしまいましたこういう時に,絶対に起こさないのが我がパートナーの優しいところ,いえ冷たいところ?気づけばもう深夜連れ合いはすでに深い眠りの最中ガバッと起きて,かなり焦りながらの久しぶりの深夜パソコンです
開け放した窓から聞こえるのは,木々から落ちる雨の雫の音。冷房など全く必要のない快適な涼しさです。まるで眠るのが惜しいぐらいに」(乙
30541・未提出1頁目2頁目3頁目

 

ここで,我がパートナーは絶対に起こさないと書いているが,前の記事(30526未提出1頁目2頁目99245・未提出扱い)では家人がいれば起してくれたと書いており,これに限らず原告の記事は何につけ内容が不一致で,一貫性と論理性に欠ける。

201184付け「月の下で花と木に囲まれて、ビールが飲めれば、、、、、 」より,「だいぶ軽くはなったものの,筋肉の緊張をとる薬と,心の不安を取り除くという2種類の薬を投薬されています眠気につながるからという理由で,これを飲むのは夜寝る前」「真面目な患者ですから忘れずに飲みますけれど,意志の弱い患者ですので,2つの目覚まし時計プラス携帯電話のアラームの3つを使っても,シャキッと起きられません目下,公私ともどもあまりにいろいろなことが重なって,時間勝負状態ですので,昨夜だって『うん,5時間寝ればいいな』と指折り数えて5時にセットしたのですけれど,,,,,(涙)」「いったんは起きあがって,ちょっとだけバタリのつもりが気づけば6時を過ぎていましたというわけで,今日も朝から焦っていますだって本当にあれも,これも,今日こそはやらねばならないことがたくさんあるのですもの。」「つい先日の新聞の健康欄に大きく,『共感疲労』という言葉が出ていました。3月の震災で,たとえ直接に被害を被ったわけでもない人たちの上にも,さまざまな兆候が表れているとのこと。私もこれに当たるのかもしれません。」「何もできない自分に対して自責の念にとらわれたり,普通の生活をすることを後ろめたく思ったりする結果,不眠や嘔吐をくり返す人たちが多く見られるというのです。これを専門用語で『共感慰労(被告ら注釈:疲労)』と呼ぶらしいのです。要するにストレスの一種。」(乙30542未提出1頁目2頁目3頁目4頁目99244・未提出扱い

2011820日付け「コキ蛙が似合う夏の雨の日」より,「あんのじょう失敗しました。3つも目覚まし時計をかけたのに,魔の手が止めてしまったらしく,気づいたら予定よりも2時間も超過焦りまくって,掃除もほどほどに,準備も完璧とはいいがたい初日のグローバルキッチンでした。」(乙30543・未提出1頁目2頁目

2011827日付けワシントン到着第一報~サンセットスイミング」より,「今年の夏は,猛暑がこたえ,体調もイマイチのままに忙しく過ぎていき,珍しく疲れを感じる日々が多くなりました。昨夜は結局2時間しか眠れませんでしたけれど,飛行機の中では,きちんと食べて,きちんと飲んで(笑),きちんと映画を1本見た以外は,ずっと寝ていましたのに,着いてもまだ眠くて,だるくてなりませんこれまではどこへ行こうと,すぐに現地時間で動けましたのに,こんなことは初めてですとは言え,まずは荷物をほどいて,大きなスーツケースをクローゼットのすみっこに置いて,見えないようにしないことには,日常生活が始まりません。」「本当はそこで横になって眠りたかったのですが,こんな時にはむしろ逆療法。本を読みながら,日が沈み始めるのを待って,水着に着替えてプールに下りていきました。いつだってここのプールはガラガラです。真昼間だって,パラソルの下で本を読んだり,眠っている人たちはいても,私のように,ひたすら往復をくり返している酔狂者などいやしませんいやなことがあれば,二かきごとに消していきます。」(乙30544・未提出1頁目2頁目

2011831日付け「あと一日の怠け者より,「8月後半頃からやけに疲れを感じるようになりました。こちらに移ってからも,たいしたこともしていないのに,ちっとも頭が冴えません。おまけに困ったことには,やたら眠いのです昨夜ボルティモアから帰ってから,郊外の友人の家にディナーに出かけた時も,行きは隣に座った親友のジリーと,『えっ,もう着いちゃったの?』と言うぐらいに,外の景色も見ずにおしゃべりに夢中になっていましたが,帰りの車の中では,賑やかな3人の中で,一人眠りこけていました」「朝も上手に起きられません。目覚ましが鳴る前に起きて,さっさと動き回っていた私はいったいどこへ行ってしまったのでしょうか。今朝など最悪でした。7時にかけた目覚ましには確かに誰かが止めた跡針がさすのは目を疑う12時です」(乙30545未提出1頁目2頁目3頁目99251・未提出扱い

2011108日付け「心地よく混ざり合う場所~コスモポリタン・キャノピー」より,「5月に戻った時には,あろうことか上手に眠れない日々が続いてかなりつらかったのですが今回は時差も全くなく,ストンと眠ってストンと目覚めています先回は帰るやいなや,やらねばならないことが山積みで,緩急もなく急急状態。一方,今回はいい具合の緩急度。そんなことも眠りの形に繋がっているのでしょうか。長い間の手のしびれも,アメリカにいる間に,気づいたら消えていました」(乙30546・未提出1頁目2頁目3頁目

20111112日付け「当世肥満考」より,「加えて言えば,寝不足だろうが何だろうが,全く忘れてしまいます」「と,再び静寂の戻ってきた真夜中にここまで書いて力尽き,ダウン気付けばPCの前で眠っていたようです前夜の睡眠不足がたたったのでしょう気を張っているうちは元気いっぱいだったのですが,だんだんと無理がきかなくなりました。」(乙30547・未提出1頁目2頁目3頁目

2011122付け「わかって煩悩? 表現煩悩?より,「一昨日は横浜から帰る途中で,吊り皮につかまったまま眠ってしまったら,乗り換え駅をはるかに通り越してしまいました深夜近くで接続も悪く,乗り換えてからは,今度は座れた心地よさもあって,またもや下りるべき駅を寝過ごしかけました。病身の友の思いのほかに元気な姿に嬉しくて,どうも飲みすぎたようです。ようやく帰り着いたのはシンデレラタイム。それでもブログを書きました。だって書きたかったからです。」(乙30548・未提出1頁目2頁目3頁目

2012119日付け「移行期のリスク」より,「同じ時間を眠るのにも,リスクの度合いはまちまちです。イタリアから戻ってきて以来,何時になろうがどんと構えて,深夜までとことんパッチリ,『きりのいいところでそろそろ眠りましょうか。』という時間に一定数(私の場合は6です。)を足して目覚ましをかけていた生活から一転して,早寝になりました。まず12時前には寝てしまいます。共同生活の恵みにして弊害です(笑)。」深夜型時代と同じように,昨夜だってきっかり6を足して目覚まし時計をかけたはずなのに,気づいてみればすでに7時時計にはたしかに誰かが止めた跡が,,,,4時に起きれば昼までには余裕で終わるだろうと思う仕事があってのことですから,失われた3時間に焦ることしきりです。これこそが,フクロウ型からアーリーバード型への移行期につきもののリスクです(笑)。」「とは言え,猛烈に頑張ったら,ほとんど終わっちゃいました。やればできるもんです。こうしてブログを書く時間だってできました。そして相変わらず能天気に,『予定以上にたくさん眠れたんだから,なんてラッキー!』なんて思っています。」(乙30549・未提出1頁目2頁目

2012512日付け「自分へのお誕生日プレゼント」より,「夜のうちに お弁当を作って 目覚まし時計を2つかけ ノートと筆記用具を しっかり持って『行ってきまあす!』と急ぎ足でメトロの駅へと向かった朝は珍しく雨模様だった前日とは うって変わってまぶしい光にあふれていた」(乙30550・未提出1頁目2頁目

2012713日付け「早起き魚の一日の始まり」より,「夜には 窓の外ダイヤモンドが散りばめられたような灯りと一緒に眠ります。そして朝には 窓の外少しずつ 少しずつ 明るさを増す景色の中で目覚めます。アーリーフィッシュたちはみな一様にゴーグルをつけ ひたすら往復を繰り返します。早朝のプールは 言葉のない世界です。聞こえるのは 水が跳ねる音と 時折鳥が鳴く音です。そして ここでは私も そんな早起き魚のひとりです」(乙30552・未提出1頁目2頁目

2012727日付け「『いつかなんて風のひと吹きで」より,「切り詰めた睡眠の中でさまざまな思いが去来します。」(乙30553未提出1頁目2頁目3頁目9947・未提出扱い

20121121日付け「巡り巡る季節の中でフランクフルト空港より」より,「早朝に発ってフランクフルトに来ました。日本時間からマイナス14時間のアメリカ東海岸時間へ,そこからまた日本時間へ,そして今度はマイナス8時間のヨーロッパ時間へと,短い間の移動の連続は,私の体内時間を混乱させたまま,上手に眠れない夜が続きますもともとの天然ボケに年がら年中の時差ボケが加わって,何だかフワフワと漂っているようです。」(乙30554・未提出1頁目2頁目

前記の如く,「移動型の暮らし」に伴う早朝の荷づくりや出発前の極端な睡眠不足と詰め込み過ぎの仕事による原告自身の寝覚めの悪さ,時差ボケ,目覚まし時計を止めてしまったただのと睡眠に関する夥しい愚痴を書き尽くしたかと思えば,一転して眠くてたまらない,こんなことは初めてです,そのまま寝てしまいましたなどと場所について書いてみたり,友人やセシリアは寝ている時間でも原告は起きていただの,飛行機の中で居眠りをしただのと愚にもつかない眠り絡みの定まらない内容について飽きもせずに書かれたブログ記事が,読むのも嫌になり,もうたくさんだとうんざりする程頻出している事実から明らかなとおり,原告の長きに亘る睡眠障害には,ありとあらゆる理由があり,最早原告の「持病」以外の何物でもなく「不定愁訴」のひとつとして,既に原告の日常生活の一部,身体の一部となって定着する一方で,目覚まし時計を止めたことにも気づかずに深い眠りを続けるなど驚くほど長く眠れたというこれもまたダブルスタンダードというべき両極端な2つの経験を使い分けており,原告の睡眠についての訴えは一定していない。

 

しかも,原告は,2011519日の時点で,既に市販の睡眠改善薬を自ら購入した(乙30537未提出1頁目2頁目3頁目9953・未提出扱い1頁目2頁目99149未提出扱い睡眠改善薬の部分のみ削除事実があり,201184日には,既に医者にもかかっており,通院先から心の不安を取り除く薬を投与された(乙30542未提出1頁目2頁目3頁目4頁目99244未提出扱い)事実をも明記し一般公開しており,これらの事実から原告の睡眠障害の責任が,被告らにも被告らのブログ記事等にもない事実は明らかである。




「本人訴訟」に対する「リーガルハラスメント」を許してはならない!No.102015/05/10 22:11

「本人訴訟」に対する「リーガルハラスメント」を許してはならない!No.10

~原告が「誠実に生きてきた」(甲49)に対する反論~

本人訴訟で闘ってきた私たち夫婦は,司法による嫌がらせつまり「リーガルハラスメント」を露骨に受けてきた。その結果、裁判所に提出した大量の証拠が未提出扱い、多くの準備書面が未陳述扱いとされ、提出したものの提出しなかったのと同じ扱いを受けた。

要するに、裁判を受ける権利を否定されたも同然の扱いを受けたのである。

 

原告の池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏は、訴訟を弘中弁護士らに委任した後(訴訟委任状)、半年かけて訴状を作成させ、第3回口頭弁論後に陳述書と同時に、診断書、薬の一覧表などを提出し、原本も持参せずに証拠調べを終えたとされている。

 

裁判所が、膨大な時間と労力をかけて私たち夫婦が作成した証拠の受け取りおよび準備書面の陳述を拒否する以上、私たち夫婦は、原告の訴状および陳述書(49)等を公開し、その矛盾・嘘を世間一般に向けて述べるしか打つ手はあるまい。

下記は、平成26年14日付け準備書面(8)(提出済みであるが未陳述、つまり未提出と同じ扱いにされている)の6頁以下である。

 

もしも原告が「誠実に生きてきた」(4921乃至2行目)とすれば,たとえ前夫が●●●●●に及び,●●●●●●●から,原告が一時的に顧みられなくなったとしても,やがて原告の元に戻って来ると思われ,遠い沖縄で●●したまま,原告から聞いた話では既成事実として二人の子供まで作られて離婚に●●●●●●ほどの悲劇には至らなかったであろう(写真1写真2)。そもそも,誠実とは「偽りがなく,まじめなこと。真心が感じられるさま。」であるから,虚言癖があり,岸野礼子氏の恩に報いなかったばかりか(YouTube動画1YouTube動画2,天野公子氏および被告ベラの恩に対して仇で返した原告,「誠実」とは対極にあり,原告の口から「誠実」の二文字を聞いた被告らは驚くばかりである。しかも,石川愛氏に至っては,原告は,やはり一方的にお世話になっておきながら(乙433②、1頁目2頁目3頁目,70歳を超える一人暮らしの地位も名誉もある高齢者のプライバシーを次々と公開し(拙ブログ記事, の病を●●させ,●●●●しめている。

さらに,大邸宅に住み,富豪と目される磯氏一家家族全員ならびに磯氏宅についての詳細に亘る個人情報の漏洩からも明らかなように(乙440乃至42),原告のブログ記事からの他者のプライバシー公開情報は,実名や実年齢とともに裕福な高齢者の存在について詳しく知らせる内容であり,金品を強奪するための事前情報として良からぬ企てに役立つ内容であるとともに,財産を狙われる危険性が十分予想されるものであり,スターの「豪邸」を紹介するTV番組でも,室内を撮影することはあっても,セキュリティ上住所など場所や道順等については伏せてあり,決して公開することはない。ところが,原告のブログ記事では,磯氏宅への道のりについて東横線の白楽駅から昔ながらの商店街を抜けて,池の前に石段があり,葡萄の木とオリーブの木がある(証拠隠滅・全文削除・乙440・乙30717(未提出)・1頁目2頁目3頁目4頁目・「Meant to be そして亡き母の計らい?」・2011717日,証拠隠滅・全文削除・乙442・乙30718(未提出)・1頁目2頁目3頁目・「BRAVO シルバーイーグルズ!」・2011720日)などと道順を書いて一般公開し,さらに原告の料理ブログにも個人情報をさらし(乙57・乙30719(未提出)・1頁目2頁目3頁目・「行ってきまぁすの先で待っていたもの1@横浜」・2011721日,乙30720(未提出)・1頁目2頁目3頁目・「これでお開きパーティレポ@横浜」・2011726日),税理士の鷲田先生についてもJR鶯谷の駅から歩いてほどない根岸の商店街,日比谷線の入谷駅等と住所まで明確にわかるように商店街を抜けて目的地へ到達する道順までが写真とともに懇切丁寧に書かれており(乙4361頁目2頁目温泉にも行けるし花の手入れもできる200910154361頁目2頁目大正時代のハヤシライス」20091015,「香味屋(かみや)ふたたび@JAPAN(未提出)1頁目・2010517日,乙99231頁目(未提出扱い)・これでお開き~Reflectiveコミュニケーション」乙316未提出1頁目2頁目3頁目4頁目2011年5月18)公開されている事実がある。

 

 なお、さらに、「洋食には白ご飯?~大正14年創業の『香味屋』」(乙341(未提出)・1頁目2頁目3頁目4頁目5頁目6頁目)も公開されている事実がある。

 

下記は、平成26年14日付け準備書面(8)(提出済みであるが未陳述、つまり未提出と同じ扱いにされている)の68頁以下である。

 

飛んで行きたい気持ちは誰よりもありましたが」(49820行目)と陳述する原告は,公子氏の急死についても,通夜や葬儀という報せを受けたのであれば,「飛んで行ったと思います」(491312乃至13行目)と陳述しているが,この日本語表現自体に違和感があり,不治の病の石川愛氏や故人である公子氏とのお別れの場であるしめやかな通夜や葬儀の席に「飛んで行きたい」という言葉はそぐわない。

 

 また、すでに平成25年7月11日付け準備書面(1)203頁以下で、次のとおり陳述しているYouTube動画1YouTube動画2

 

2 原告が公子氏以外にも恩人の死去を無視したこと

   被告ベラは,原告が,被告ベラの親族にあたる故・岸野礼子氏にも接近していたと聞き及んだ。礼子氏は当時70歳以上でひとり暮らしをしており,三鷹市で四柱推命の占いをしていた。礼子氏のお墓の管理費について,遠縁にあたる藤井氏から電話があった時,被告ベラは,藤井氏から,原告が生前の礼子氏の自宅を訪れていながら,礼子氏が亡くなったことを知らせても,やはり原告は葬儀に姿を見せなかったと聞いた。その時のことについて,被告ベラは下記の通り自身のブログに記した。

「或る時,原告を知る年長女性藤井紀子さんから親族のことについてお電話がありました。その時私(被告ベラ)は,母の死の知らせを無視した原告についてお話ししました。すると,『あの方は利用できるものは何でも利用して,後は知らん顔のできる方。礼子さんの時もそうでした』とおっしゃいました。

礼子さんという方は,藤井さんと私(被告ベラ)に共通する亡くなられた親族で,その礼子さんが,自宅で独学の占いをしていらした時に,原告は,池澤夏樹氏とのことで相談に訪れ,礼子さんは,何度も無料で鑑定に応じていたと言うのです。

そのため,藤井さんは,原告に,礼子さんが亡くなったことを知らせたそうですが,やはり原告は,お香典も供花も,お悔やみのひと言もよこさなかったそうです。藤井さんは,『礼子さんは,長年三鷹に住んでいて,直美さんの勤務先の国際基督教大学も同じ三鷹なのに,具合が悪くなってからというもの,お見舞いに来られたこともなくお葬式にも来られませんでした』と静かな口調で語られました。

一方の私(被告ベラ)は,礼子さんとほとんどお付き合いがなかったにもかかわらず,藤井さんから危篤とのお知らせを受け,深夜に善福寺公園のボート乗り場で藤井さんのお嬢様と待ち合わせをして,自宅から遠い武蔵野赤十字病院に駈け付けました。その後も,何とか持ち直された礼子さんを何度かお見舞いに訪れました。或る時は年老いた父も同行しました。酸素マスクをした礼子さんの手を父が握り,『礼子,わかるか?頑張れよ!』と言って力強く呼びかけると,礼子さんが一瞬目を開けた時もありました。

目白の教会での礼子さんのご葬儀には,家族全員で参列しました。礼子さんは,亡き母に度々お金を借りていて,そのまま亡くなったことを私は知っていましたが,母は後悔していない様子で,そのことにはひと言も触れませんでした。

その後,礼子さんが納骨される段取りになると,誰もが敬遠して引き受けようとしませんでした。形見分けの時には,礼子さんの狭い部屋に何人ものお年を召した女性たちが集まって,洋服やら何やらを我先にもぎ取って行ったというのに,いざこういう話になると,潮が引いたように姿を隠し,声すら出さないのが女性というものの正体なのです。

となれば,いつものように私(被告ベラ)の出番でした。礼子さんとほとんどご縁がなく,金の無心をされた母親が求めに応じて現金書留で送金していたことを知っていただけに,良い印象はなかったのですが,誰もがしたくないこと,皆が嫌がることは,私(被告ベラ)にしか出来ないことでもありました。いつもながら,汚れ役や損な役どころを引き受ける宿命かも知れません。

納骨の当日は,亡父と私(被告ベラ),そして,昨年亡くなった学者の秋吉輝雄氏のたった3人で,中央線に長く長く揺られて,巨大な霊園に赴き,礼子さんのご遺骨を無事に納めました。正直に申しますと,この時のご遺骨の重さは耐え難く,難儀しました。生前の礼子さんは,背が高くがっかりした体型だったのです。亡父と秋吉輝雄氏は男性とは言え,既に白髪の老齢で,しかも二人ともステッキをついて歩いていましたから,途中で交代してご遺骨を抱えてもらう訳にもいきませんでした(後略)」(甲3の8)。

原告は,前夫池澤夏樹氏との離婚が成立する前の騒動の際に,当時の親族であった礼子氏に,占いでお世話になったという。ところが,原告は,礼子氏の死去を知りながら,なおかつ,礼子氏の住まいが三鷹市であり,原告の勤務先も同じく三鷹であったにもかかわらず,葬儀にも参列せず,何のお悔やみもせずに無視したと伝え聞いた。つまり,原告は,恩人が亡くなっても関係ない,利用価値の無くなった者に対しては見向きもしないという,およそ日本人の社会通念とは相容れない忘恩主義者であり,ここでも冷酷かつ非情な行動を取っていた姿が明らかとされている甲1甲2の13甲2の14甲2の16甲3の1甲3の3甲3の5甲3の6甲3の7甲3の17甲3の26甲7の1甲7の3甲7の5甲7の6甲7の11甲8の10甲8の28甲9の10甲10の2甲10の7甲10の8甲10の10甲10の19甲11の1甲11の5甲11の9甲11の12甲11の13甲13の4

被告ベラの話を受けて,被告ベラの遠縁にあたる藤井紀子氏は,「あの方は利用できるものは何でも利用して,後は知らん顔のできる方。礼子さんの時もそうでした」と述べ,最後に被告ベラに「神様にお任せしましょう」と伝えて電話は切られた。一方の被告ベラは,礼子氏とはほとんど付き合いがなく,遠方であったうえに,蒲柳の質であるにもかかわらず,礼子氏の葬儀に参加して,亡父とともに,誰も引き受けなかった納骨という儀式をやり遂げた事実がある。

 

 拙ブログでは、原告の「誠実に生きてきた」(4921乃至2行目)との陳述に対して、具体的証拠に基づき、様々な観点から追及し、さらに反論してゆく。

 

池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏の次女・ザウママこと渡邊摩耶氏が自由が丘店を運営する「Shapes」-長続きすることを祈る-2015/05/13 12:44

池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏の次女・ザウママこと渡邊摩耶氏が自由が丘店を運営する「Shapes」-長続きすること祈る-

  

2012年12月にブログを休止していた(写真)、池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏の次女・ザウママこと渡邊摩耶氏写真)が久々にブログ記事を書いていた(写真1写真2

  

渡邊摩耶氏は、女性専用フィットネスジム「Shapes」(写真1写真2)とやらの自由が丘店写真1写真2)を運営しているそうだ。

 

その「Shapes」(写真1写真2を検索すると、あちこちに記事が公開されていた。記事1写真1頁の1頁目2頁目写真2頁の1頁目2頁目)。記事1に引用されていた記事2写真1頁目2頁目)。

 

自由が丘店の長期繁栄を祈る。