「本人訴訟」に対する「リーガルハラスメント」を許してはならない!No.102015/05/10 22:11

「本人訴訟」に対する「リーガルハラスメント」を許してはならない!No.10

~原告が「誠実に生きてきた」(甲49)に対する反論~

本人訴訟で闘ってきた私たち夫婦は,司法による嫌がらせつまり「リーガルハラスメント」を露骨に受けてきた。その結果、裁判所に提出した大量の証拠が未提出扱い、多くの準備書面が未陳述扱いとされ、提出したものの提出しなかったのと同じ扱いを受けた。

要するに、裁判を受ける権利を否定されたも同然の扱いを受けたのである。

 

原告の池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏は、訴訟を弘中弁護士らに委任した後(訴訟委任状)、半年かけて訴状を作成させ、第3回口頭弁論後に陳述書と同時に、診断書、薬の一覧表などを提出し、原本も持参せずに証拠調べを終えたとされている。

 

裁判所が、膨大な時間と労力をかけて私たち夫婦が作成した証拠の受け取りおよび準備書面の陳述を拒否する以上、私たち夫婦は、原告の訴状および陳述書(49)等を公開し、その矛盾・嘘を世間一般に向けて述べるしか打つ手はあるまい。

下記は、平成26年14日付け準備書面(8)(提出済みであるが未陳述、つまり未提出と同じ扱いにされている)の6頁以下である。

 

もしも原告が「誠実に生きてきた」(4921乃至2行目)とすれば,たとえ前夫が●●●●●に及び,●●●●●●●から,原告が一時的に顧みられなくなったとしても,やがて原告の元に戻って来ると思われ,遠い沖縄で●●したまま,原告から聞いた話では既成事実として二人の子供まで作られて離婚に●●●●●●ほどの悲劇には至らなかったであろう(写真1写真2)。そもそも,誠実とは「偽りがなく,まじめなこと。真心が感じられるさま。」であるから,虚言癖があり,岸野礼子氏の恩に報いなかったばかりか(YouTube動画1YouTube動画2,天野公子氏および被告ベラの恩に対して仇で返した原告,「誠実」とは対極にあり,原告の口から「誠実」の二文字を聞いた被告らは驚くばかりである。しかも,石川愛氏に至っては,原告は,やはり一方的にお世話になっておきながら(乙433②、1頁目2頁目3頁目,70歳を超える一人暮らしの地位も名誉もある高齢者のプライバシーを次々と公開し(拙ブログ記事, の病を●●させ,●●●●しめている。

さらに,大邸宅に住み,富豪と目される磯氏一家家族全員ならびに磯氏宅についての詳細に亘る個人情報の漏洩からも明らかなように(乙440乃至42),原告のブログ記事からの他者のプライバシー公開情報は,実名や実年齢とともに裕福な高齢者の存在について詳しく知らせる内容であり,金品を強奪するための事前情報として良からぬ企てに役立つ内容であるとともに,財産を狙われる危険性が十分予想されるものであり,スターの「豪邸」を紹介するTV番組でも,室内を撮影することはあっても,セキュリティ上住所など場所や道順等については伏せてあり,決して公開することはない。ところが,原告のブログ記事では,磯氏宅への道のりについて東横線の白楽駅から昔ながらの商店街を抜けて,池の前に石段があり,葡萄の木とオリーブの木がある(証拠隠滅・全文削除・乙440・乙30717(未提出)・1頁目2頁目3頁目4頁目・「Meant to be そして亡き母の計らい?」・2011717日,証拠隠滅・全文削除・乙442・乙30718(未提出)・1頁目2頁目3頁目・「BRAVO シルバーイーグルズ!」・2011720日)などと道順を書いて一般公開し,さらに原告の料理ブログにも個人情報をさらし(乙57・乙30719(未提出)・1頁目2頁目3頁目・「行ってきまぁすの先で待っていたもの1@横浜」・2011721日,乙30720(未提出)・1頁目2頁目3頁目・「これでお開きパーティレポ@横浜」・2011726日),税理士の鷲田先生についてもJR鶯谷の駅から歩いてほどない根岸の商店街,日比谷線の入谷駅等と住所まで明確にわかるように商店街を抜けて目的地へ到達する道順までが写真とともに懇切丁寧に書かれており(乙4361頁目2頁目温泉にも行けるし花の手入れもできる200910154361頁目2頁目大正時代のハヤシライス」20091015,「香味屋(かみや)ふたたび@JAPAN(未提出)1頁目・2010517日,乙99231頁目(未提出扱い)・これでお開き~Reflectiveコミュニケーション」乙316未提出1頁目2頁目3頁目4頁目2011年5月18)公開されている事実がある。

 

 なお、さらに、「洋食には白ご飯?~大正14年創業の『香味屋』」(乙341(未提出)・1頁目2頁目3頁目4頁目5頁目6頁目)も公開されている事実がある。

 

下記は、平成26年14日付け準備書面(8)(提出済みであるが未陳述、つまり未提出と同じ扱いにされている)の68頁以下である。

 

飛んで行きたい気持ちは誰よりもありましたが」(49820行目)と陳述する原告は,公子氏の急死についても,通夜や葬儀という報せを受けたのであれば,「飛んで行ったと思います」(491312乃至13行目)と陳述しているが,この日本語表現自体に違和感があり,不治の病の石川愛氏や故人である公子氏とのお別れの場であるしめやかな通夜や葬儀の席に「飛んで行きたい」という言葉はそぐわない。

 

 また、すでに平成25年7月11日付け準備書面(1)203頁以下で、次のとおり陳述しているYouTube動画1YouTube動画2

 

2 原告が公子氏以外にも恩人の死去を無視したこと

   被告ベラは,原告が,被告ベラの親族にあたる故・岸野礼子氏にも接近していたと聞き及んだ。礼子氏は当時70歳以上でひとり暮らしをしており,三鷹市で四柱推命の占いをしていた。礼子氏のお墓の管理費について,遠縁にあたる藤井氏から電話があった時,被告ベラは,藤井氏から,原告が生前の礼子氏の自宅を訪れていながら,礼子氏が亡くなったことを知らせても,やはり原告は葬儀に姿を見せなかったと聞いた。その時のことについて,被告ベラは下記の通り自身のブログに記した。

「或る時,原告を知る年長女性藤井紀子さんから親族のことについてお電話がありました。その時私(被告ベラ)は,母の死の知らせを無視した原告についてお話ししました。すると,『あの方は利用できるものは何でも利用して,後は知らん顔のできる方。礼子さんの時もそうでした』とおっしゃいました。

礼子さんという方は,藤井さんと私(被告ベラ)に共通する亡くなられた親族で,その礼子さんが,自宅で独学の占いをしていらした時に,原告は,池澤夏樹氏とのことで相談に訪れ,礼子さんは,何度も無料で鑑定に応じていたと言うのです。

そのため,藤井さんは,原告に,礼子さんが亡くなったことを知らせたそうですが,やはり原告は,お香典も供花も,お悔やみのひと言もよこさなかったそうです。藤井さんは,『礼子さんは,長年三鷹に住んでいて,直美さんの勤務先の国際基督教大学も同じ三鷹なのに,具合が悪くなってからというもの,お見舞いに来られたこともなくお葬式にも来られませんでした』と静かな口調で語られました。

一方の私(被告ベラ)は,礼子さんとほとんどお付き合いがなかったにもかかわらず,藤井さんから危篤とのお知らせを受け,深夜に善福寺公園のボート乗り場で藤井さんのお嬢様と待ち合わせをして,自宅から遠い武蔵野赤十字病院に駈け付けました。その後も,何とか持ち直された礼子さんを何度かお見舞いに訪れました。或る時は年老いた父も同行しました。酸素マスクをした礼子さんの手を父が握り,『礼子,わかるか?頑張れよ!』と言って力強く呼びかけると,礼子さんが一瞬目を開けた時もありました。

目白の教会での礼子さんのご葬儀には,家族全員で参列しました。礼子さんは,亡き母に度々お金を借りていて,そのまま亡くなったことを私は知っていましたが,母は後悔していない様子で,そのことにはひと言も触れませんでした。

その後,礼子さんが納骨される段取りになると,誰もが敬遠して引き受けようとしませんでした。形見分けの時には,礼子さんの狭い部屋に何人ものお年を召した女性たちが集まって,洋服やら何やらを我先にもぎ取って行ったというのに,いざこういう話になると,潮が引いたように姿を隠し,声すら出さないのが女性というものの正体なのです。

となれば,いつものように私(被告ベラ)の出番でした。礼子さんとほとんどご縁がなく,金の無心をされた母親が求めに応じて現金書留で送金していたことを知っていただけに,良い印象はなかったのですが,誰もがしたくないこと,皆が嫌がることは,私(被告ベラ)にしか出来ないことでもありました。いつもながら,汚れ役や損な役どころを引き受ける宿命かも知れません。

納骨の当日は,亡父と私(被告ベラ),そして,昨年亡くなった学者の秋吉輝雄氏のたった3人で,中央線に長く長く揺られて,巨大な霊園に赴き,礼子さんのご遺骨を無事に納めました。正直に申しますと,この時のご遺骨の重さは耐え難く,難儀しました。生前の礼子さんは,背が高くがっかりした体型だったのです。亡父と秋吉輝雄氏は男性とは言え,既に白髪の老齢で,しかも二人ともステッキをついて歩いていましたから,途中で交代してご遺骨を抱えてもらう訳にもいきませんでした(後略)」(甲3の8)。

原告は,前夫池澤夏樹氏との離婚が成立する前の騒動の際に,当時の親族であった礼子氏に,占いでお世話になったという。ところが,原告は,礼子氏の死去を知りながら,なおかつ,礼子氏の住まいが三鷹市であり,原告の勤務先も同じく三鷹であったにもかかわらず,葬儀にも参列せず,何のお悔やみもせずに無視したと伝え聞いた。つまり,原告は,恩人が亡くなっても関係ない,利用価値の無くなった者に対しては見向きもしないという,およそ日本人の社会通念とは相容れない忘恩主義者であり,ここでも冷酷かつ非情な行動を取っていた姿が明らかとされている甲1甲2の13甲2の14甲2の16甲3の1甲3の3甲3の5甲3の6甲3の7甲3の17甲3の26甲7の1甲7の3甲7の5甲7の6甲7の11甲8の10甲8の28甲9の10甲10の2甲10の7甲10の8甲10の10甲10の19甲11の1甲11の5甲11の9甲11の12甲11の13甲13の4

被告ベラの話を受けて,被告ベラの遠縁にあたる藤井紀子氏は,「あの方は利用できるものは何でも利用して,後は知らん顔のできる方。礼子さんの時もそうでした」と述べ,最後に被告ベラに「神様にお任せしましょう」と伝えて電話は切られた。一方の被告ベラは,礼子氏とはほとんど付き合いがなく,遠方であったうえに,蒲柳の質であるにもかかわらず,礼子氏の葬儀に参加して,亡父とともに,誰も引き受けなかった納骨という儀式をやり遂げた事実がある。

 

 拙ブログでは、原告の「誠実に生きてきた」(4921乃至2行目)との陳述に対して、具体的証拠に基づき、様々な観点から追及し、さらに反論してゆく。

 

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