大張正己さん、戸ヶ崎葎さん、ご結婚おめでとうございます。2016/12/07 21:34

大張正己さん、戸ヶ崎葎さん、ご入籍ならびにご結婚おめでとうございます。

 

大張さんは、どなたかと事実婚されているとの情報が、平成24年3月13日、「元日本人」とのハンドルネームの者から、拙ブログに、投稿の形で知らされております。

 

すると、平成28年11月14日、とてもお若くて可愛らしいお方の、記念すべき23歳のお誕生日に、沖縄でご結婚されたと公開ことを知り、良かった!!と心からの祝福をしたいと思います。

 

末永くお幸せに!


他人が幸せそうに見えるかどうかを探る人物は幸せではない2015/08/06 21:25

他人が幸せそうに見えるかどうかを探る人物は幸せではない

 

平成23年(2011)年から私は気候の温暖な地で、温泉がひけて海の見える別荘物件を探していました。


 それは、第一に、妻が平成22年(2010)年8月、腸の重病で10日間入院したほか、それ以降もひんぱんに腸の病気で緊急搬送され点滴治療を受けたことからです。第二に、人間ドック受診の際、妻の腫瘍マーカー値が基準値を超えたことがあり、温泉で癌が治るとの広告を見て雑誌を買い記事を目にして、温泉に着目するようになったからです。第三に、避暑地で有名な軽井沢ですが、夏は短く、冷え症で寒がりの妻にとっては長い別荘滞在がかなわないからです。第四に、平成23年(2011)年3月11日に東日本大震災が勃発し未曾有の被害が発生したことから地震と津波などの自然災害に強い地を求めたからです。

 

ようやく、平成24年(2012年)7月、伊豆に希望した土地を購入出来ました。

庭にてコグ

満足している点を挙げると、第一に、気候が温暖で雪がほとんど積もらない。第二に、いつでも温泉を楽しめる。第三に、溶岩の地盤により地震に強い。第四に、海が臨めるが標高が高く津波の心配がない。第五に、世界遺産に登録されたばかりの富士山の眺望(写真1写真2写真3)を部屋に居ながらにして楽しめる。第六に、ゴミ収集車の到来がなく静かな環境。第七に、軽井沢同様小鳥やリス等小動物の訪問が楽しめる(写真1写真2)。第八に、最寄駅まで歩いて行ける。第九に、郵便局や大きなスーパーまで歩いて行ける。第十に、管理が行き届いた別荘地である。ということです。

 

 軽井沢も伊豆もどちらも大自然の森の中にあり理想的な土地です。伊豆の家は国立公園の中にありますから、静岡県知事の許可を得て建てており、どちらかと言いますと動植物の生息する中に人間が家を建て住んでいるといったような感じです。したがって、私たち人間の方がそれら動植物の仲間入りをして共生させてもらわなければなりません。

 

次は、家の新築です。間取りなどの設計は私が考案しました。テーマは、「軽井沢別荘の否定」です。 

 

設計のポイントは、第一に、「引き違い窓」の採用を辞めたことです。自然界の中に住まわせてもらうためには、都会には不必要ですが、そこに生息する物たちからの防御のための家づくりが必須です。窓は光や風を取りいれるため必須ですが、ガラガラと左右に引き開けることが出来る通常2枚以上のガラス戸を、それぞれ異なるレールで滑らせて開閉する「引き違い窓」は、下部の「戸車」と「レール」の間にどうしても「隙間」が出来るため、虫の侵入が防げないからです。第二に、書斎の窓を大きな「固定窓」とし、絵葉書を見るような眺望を楽しめるようにしたことです。海と富士山はもちろん、鳥・昆虫・飛行機、リスの電線上の綱渡り、などがよく見えます。妻は可愛いと喜んでおりますし作業中の私に休息を与えてくれます。第三に、「吹き抜け」の採用を辞めたことです。軽井沢の吹き抜けは見た目もよく広々とした空間を楽しめますが、空調が追いつきませんし、寒がりの妻にとってふさわしくありません。第四に、リビングに背を向けたキッチンを辞めたことです。会話をしたりTVを見ながら台所仕事が出来る「対面式キッチン」にこだわりました。第五に、老後の生活を楽しむため本棚とカラオケと卓球台の置ける趣味室を設けたことです。第六に、「バリアフリー」にしました。浴槽とトイレと玄関には「つかまり棒」を設置しました。風呂は車椅子でも入れる「3枚扉」を使用しました。第七に、床はすべて衛生的な板材にしました。第八に、一つの部屋の窓を弓型の「ボウウインドウ」を採用したことです。これは妻の希望を取りいれたもので、伊豆の家のアクセントとなり気に入っています。第九に、大きな浴槽です。当初は桧風呂にしようと考えて資料を取り寄せ、実際に木材を見たりもしましたが、常に水を張っていなければならないのであきらめて、温泉でもさびない「人造大理石」を採用しました。

 

設備のポイントは、第一に、オール電化です。オール電化割引があります。LPガスは使用しなくても基本料金がかかります。第二に、蓄熱暖房機の設置です。夜間の安い電力で熱を蓄め放熱してくれます。第三に、丈夫な琺瑯(ホーロー)の流し台と全自動食洗機です。東京と伊豆では「皿洗い」から解放されています。第四に、妻が夜間に階段から落ちるのを防止するために、フルオート便座のトイレを2階にも設置しました。殆ど妻専用です。東京には3つありますが、軽井沢には1階に1つしかないからです。第五に、快適な温泉生活のため、風呂場にナノイーを利用したカビ防止機能を付けたことです。カビ対策のための掃除が不要になりました。

 

流し台、食洗機、洗面台、トイレ、風呂、照明、壁紙については、幾つかのメーカーのショールームを訪問しました(写真1写真2)。色柄や機能などお値段と相談しながら選ぶ作業は時間がかかりました。妻は疲れるといいながらも、途中で休憩しながら、綺麗なショールームを訪問し見て回るのが好きと言って、特にキッチンと照明(写真1写真2)の選択を楽しんでいました。

 

また、壁紙(写真1写真2写真3写真4写真5写真6写真7写真8)とサイディングの選択は、妻に任せたため、かなり時間がかかりました。カーテンは、あまりにも遅いので、レース以外のカーテンは私が決めました。分厚いカタログの中から選ぶ作業は確かに大変ですが、迷いながら選ぶ楽しさがあるようです。妻はこの作業が大好きで、一番楽しかったと言っています。それは、新築やリフォームでなければこの楽しみが味わえないからでしょう。

 

このようにして、平成25年(2013年)、私たち夫婦は、私のこだわりの家、老夫婦でも住める家、特に妻が健康に留意して、のんびりと生活をすることのできる、都会から少し離れていながら、さほど不便ではない土地に、家を手にいれました。お互いの希望を取り入れてつくったこの家を、私たち夫婦は大変気にいっており、応訴以外に精神的苦痛はまったくなく、快適な生活を楽しんでいます。

 

私たち夫婦は、他の夫婦を羨ましいと思ったことは一度もありません。誰か他の人たちと比較して、あの人たちは幸せそうに見えるが、実際はどうかと探ったり、あの人たちよりも幸せだなどと思うこと自体、その人たちが幸せではないということだからです。

  

私は、現在の、ありのままの、夫婦二人が24時間一緒にいられる幸せをかみしめて、貴重な時間を大切にしながら、過ごしていきたいと思っています。




正しい日本語について12013/11/26 00:01

正しい日本語について1

 日本人にとって、「日本語」は最も大事なものです。

たとえ、グローバルな時代であっても、日本で、正しい日本語を理解できなければ、仕事も上手くゆかない筈です。何せ、まともなコミュニケーションが出来ない訳ですから。

 

今日のお題は「手弁当」です。

「手弁当」とは、
1 自分で弁当を用意して持っていくこと。また、その弁当。
2 自費で、あることのために働くこと。「-で選挙の応援をする」
つまり、手弁当とは、無償の行為ですから、あることを実行するために集合したメンバーに、集合を呼びかけた者が同一価格の弁当代金を支出したとすれば、これは既に手弁当とは言えず、弁当の提供となります。

 もっと日本語を勉強したいですね。

日本人として生きる2011/12/18 16:25

日本人として生きる

青の太字をクリックしてください。写真などが表示されます)

 

在日が支配する日本において、本来の日本人として生きる者にとって、その障害は沢山あります。マスコミ、特にテレビです。

 

バラエティ番組は、毒にも薬にもならないような話題をまき散らしています。そして、報道番組では、在日の似非オピニオン・リーダーが好き勝手に話し続けています。

 

これらの思いは、最近妻が購入した作家故林秀彦著「失われた日本語失われた日本」の「第5章 最後の溜息」を妻にすすめられて少し読んだだけでも、強まりました。その一節は、次のとおりです。

林氏の著書

 

「大東亜戦争中に言論の自由が束縛されていたことは、言うまでもないことですが、敗戦後の連合軍占領下の日本には、引き続き言論の自由はありませんでした。GHQと称する伏魔殿(悪事・陰謀などが陰で絶えずたくらまれている所『広辞苑』)の発する日本解体計画は綿密で、底深く、感嘆すべきほどに精密で深謀遠慮がはりめぐらされたものでした。国語そのもののあり方を含めた日本の言論は、当然彼らによって容喙され、コントロールされていたのです。

その後日本が、現在に続いている形ばかりの独立を講和条約によって獲得した頃から、この言論統制はしだいにおもむきを変えてきました。

それまでの弾圧の形は、言ってはならないこと、書いてはならないこと、報道してはならないことを禁じる形の言論統制で、その内容は戦中と戦後で真反対なものになったにせよ、また禁じる主が自国の“当局”から“征服者”に代わったにせよ、形は同じものでした。ところが「幻影民主主義」にずっぽりと嵌った“偽独立”の後の日本は、一見するとまるで言論の自由が確保されたかと錯覚される形になったのです。見事なほどの幻覚・幻惑でした。

それはかいならした犬の首輪をはずし、縄も解いた状態に似ていました。ただし、その犬の行動半径は塀のなかだけだったのです。狭い庭を囲っている塀の鍵は、しっかり締まっていたのです。なぜ首輪だけでもはずしてくれたかと言えば、その犬が雄雌ともに去勢され、そのうえロボトミー手術を受け、一切飼い主(アメリカ)の言うなり、「お座り」と言えば座るし、「お手」と言われれば手を出すようになったことを見極めたからです。そこで一応庭だけには出してくれました。民主主義という庭です。」

 

林氏は、つまり、戦後になっても言論統制は続いているとおっしゃっているのです。林氏の著作は、難しい表現が多く、取っつきにくい点はありますが、読んでみるとなるほどと思わせる主張点が多いようです。

 

日本が、アメリカと在日に支配されていることは日々実感できますが、そんな中で、本来の日本人として生き、日本人として言論の自由を貫きたいと思っています。

 

さて、林氏と言えば、外人女性と離婚後、冨士眞奈美さんと結婚・離婚されています(林秀彦-Wikipediaより)。林氏は、女優・冨士眞奈美さんとの離婚後、私の妻である独身時代の天野ベラに対して、何通もの情熱的な手紙を送って来られました。

 

一瞥した限りですが、内容は、とにかく妻に会いたいというものが多いようです。文通にとどまらず、ベラの自宅に姿を現した林氏に対して、明治生まれのベラの亡き父親は、激しく立腹し、ドイツ人の妻との間の息子さんと、冨士眞奈美さんとの間のお嬢さんとが同居する林氏の生活を、「動物園の様な暮らし」と罵倒し、ステッキを振り上げて追い返したと聞きます。その後、林氏は、三度目の結婚をされ、海外生活を送られましたが、何かと悪く言いながらも、日本への愛国心は強かったようで、死に場所に日本を選ばれ、昨年日本で亡くなっています。

 

携帯電話とパソコンが中心となり、会話が消え、筆談が主流となった今の日本の姿を、林氏が見たらどう思われるでしょうか。

それにしても、こんなに理屈っぽくて偏屈で、激し過ぎる著名な脚本家であり作家である林氏と文通を続けたうえに対峙までした妻の意外な根性というか、強さにはおどろかされました。私ならば、疲れて、たちどころに文通を止めて逃げだしたでしょう。くそ真面目な妻が、もし林氏と親しくなり、もしも、一緒になって生活していたら、気の使い過ぎで死んでいたかも知れません。仮に私が父親であったとしても交際には大反対したことでしょう。

ひょんなことから、亡くなられた林氏の著書、妻がいただいた手紙類(写真1=手紙の数々写真2=封筒裏)、昔のエピソードについて、少し読まされたり、一部を聞かされたりしました。それだけで、この週末はどっぷりと疲れてしまいました。一緒にいて疲れない相手が一番です。

 

転じて、とってつけたような結論ですが、悪い在日は、日本人を疲れさせるだけの存在ですから、日本人は、日本人と一緒になって、いたわり合い、家庭で互いの疲れを癒し合い、穏やかに生活することが大切だと思います。



掌中の珠2011/11/05 18:12

「掌中の珠」

青の太字をクリックしてください。写真などが表示されます)

温かいお蕎麦が美味しい季節になりました。

山菜蕎麦

蕎麦定食

軽井沢から東京に戻ったばかりのうちは、食器や食材の衛生ならびに食卓など総てを整えるまでにかなり時間が掛かりますので、取りあえず、お弁当もしくは外食に任せるより他にありません。

長野新幹線車中

腸の病が増悪した妻のベラにとって、この季節は、温かい食事が欠かせません。お蕎麦屋さんに入り、妻は、温かいトロロ蕎麦を、私は、温かい掛け蕎麦に単品で野菜天ぷらを注文しました。すると、温かい天つゆと大根おろしも2人分運ばれて来ました。

トロロ蕎麦

天ぷら

妻に、野菜天ぷらから選んでもらったかぼちゃを分けて、妻からは、私の蕎麦にたっぷりのトロロをかけてもらいました。このような行為は、夫婦や家族でなければ、なかなかできるものではないでしょう。互いに相手を慮って、自然に食事をし、それが日々の生活となっているのです。

ところで、何でも仕事(ビジネス)に結び付け「まだまだ稼げる」「もっと外へ」と、休むことを恐れて狂奔し続けている、『躁病』とも思えるお方がいらっしゃいます

そのお方は、最愛の前夫と「一緒に年を取りたかった」と未練がましく告白されているようですが、今なお同じ誤謬を繰り返されているようです。自分やお金以上に大切な、たったひとりの他人、つまり、人生において、迷いなく自分の時間と愛情をふんだんに注ぐことのできる「掌中の珠」を見つけられずにさまよう人は、誰よりも淋しく感じられます。他人に見せたいがために、哀れにも、自己満足の幸せ芝居をブログに毎日描き続ける行為は、徒花に終わることでしょう。

人生は、自然に、楽しく過ごすことが一番です。そのためにも、夫婦はいつも一緒にいることが大切です。「結婚」した以上、ともに食し、ともに休むことは大前提であり、言うまでもないことです。そして、生きること、つまり生活は、決して仕事、つまり、お金儲けを中心として存在するものではありません。また、生活の本拠である家庭も、仕事から解放された、寛ぎと癒しの場所であってほしいというのが男の本音であると私は考えます。

家庭での仕事は、意外に体力を消耗する重労働です。昨年秋から、体力のない妻のベラに代わって、私が主に夕食の調理を担当する毎日を続けておりますが、手間はまったく厭(いと)いません。

それは、妻は私の「掌中の珠」であり、他人任せには出来ないからです。

お金で他人を雇い、誰かに世話をしてもらうということでは夫婦とは言えず、愛情溢れる生活など画餅に過ぎません。

「人」という文字は、2画と少ない画数ながらも、ひとりひとりが互いにしっかりと支えあって成り立つことを示しているのではないでしょうか。一緒に年を取ることは、まさに「掌中の珠」と共に生きる喜びに満ちていることです。