-在日コリアン女性への訴訟-PART72011/12/11 22:28

-在日コリアン女性への訴訟-PART7 「原告準備書面1」

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PART6に掲載した被告の準備書面1(実質的な答弁書)に対する反論です。

 

被告は、答弁書(4頁)で「原告ベラが指摘する被告の平成15年4月27日の発言①については、被告として全く覚えがないものである。」と主張しました。

 

発言①とは、平成15年4月27日(日)、喫茶店において、原告ベラについて、原告コグに対する「何で、天野(原告ベラ)なんかと結婚したんですか?」、「よく、天野なんかと結婚しましたね!」との発言(これらの発言をまとめて、本件発言①)を指します。そもそも、本件発言①は、被告から、私(天野コグ)に対して発せられたものであり、本件訴訟は、私たち夫婦が原告となっているのですから、「原告ベラが指摘する」などという表現すら笑えるものです。しかも、被告は、平成15年4月27日の面談日からまだ10日ほども経ていないにもかかわらず、本件発言①について、原告ベラの疑問(本件発言①の真意)に答えず話をそらしました。

 

さらに、訴状(2頁)で原告らが主張した「両親の墓が若葉台駅近隣に存在する。」について、被告は、答弁書(1頁)で「不知(知らない)」と主張しました。ところが、被告は、原告ベラが、同窓会の幹事を依頼する電話の中で、原告ベラが、亡き両親ならびに私たち夫婦の将来の墓が被告の住む若葉台駅近隣に存在する事実を伝えると、被告から「○○でしょう?あの辺は庭みたいなもんよ!」と即座に言い当てました。そのため、平成15年4月27日の会談は、墓参のついでとして、場所も若葉台駅近くの喫茶店と被告が指定した経緯があります。

 

 「嘘つきは泥棒の始まり」です。さて、裁判所はどのような判断をくだしたのでしょう。判決文については後日掲載します。

 

以下は、原告準備書面1です。

原告準備書面1-01頁

原告準備書面1-02頁

原告準備書面1-03頁

原告準備書面1-04頁

原告準備書面1-05頁

原告準備書面1-06頁

原告準備書面1-07頁

原告準備書面1-08頁

原告準備書面1-09頁

原告準備書面1-10頁

原告準備書面1-11頁

原告準備書面1-12頁

原告準備書面1-13頁
 
原告準備書面1-14頁

原告準備書面1-15頁

原告準備書面1-16頁


原告準備書面1-17頁

原告準備書面1-18頁

原告準備書面1-19頁

原告準備書面1-20頁

原告準備書面1-21頁

原告準備書面1-22頁

原告準備書面1-23頁

原告準備書面1-24頁

原告準備書面1-25頁

原告準備書面1-26頁

原告準備書面1-27頁

原告準備書面1-28頁

原告準備書面1-29頁

原告準備書面1-30頁

原告準備書面1-31頁

原告準備書面1-32頁

原告準備書面1-33頁

原告準備書面1-34頁

原告準備書面1-35頁

原告準備書面1-36頁

原告準備書面1-37頁

原告準備書面1-38頁






日本人として生きる2011/12/18 16:25

日本人として生きる

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在日が支配する日本において、本来の日本人として生きる者にとって、その障害は沢山あります。マスコミ、特にテレビです。

 

バラエティ番組は、毒にも薬にもならないような話題をまき散らしています。そして、報道番組では、在日の似非オピニオン・リーダーが好き勝手に話し続けています。

 

これらの思いは、最近妻が購入した作家故林秀彦著「失われた日本語失われた日本」の「第5章 最後の溜息」を妻にすすめられて少し読んだだけでも、強まりました。その一節は、次のとおりです。

林氏の著書

 

「大東亜戦争中に言論の自由が束縛されていたことは、言うまでもないことですが、敗戦後の連合軍占領下の日本には、引き続き言論の自由はありませんでした。GHQと称する伏魔殿(悪事・陰謀などが陰で絶えずたくらまれている所『広辞苑』)の発する日本解体計画は綿密で、底深く、感嘆すべきほどに精密で深謀遠慮がはりめぐらされたものでした。国語そのもののあり方を含めた日本の言論は、当然彼らによって容喙され、コントロールされていたのです。

その後日本が、現在に続いている形ばかりの独立を講和条約によって獲得した頃から、この言論統制はしだいにおもむきを変えてきました。

それまでの弾圧の形は、言ってはならないこと、書いてはならないこと、報道してはならないことを禁じる形の言論統制で、その内容は戦中と戦後で真反対なものになったにせよ、また禁じる主が自国の“当局”から“征服者”に代わったにせよ、形は同じものでした。ところが「幻影民主主義」にずっぽりと嵌った“偽独立”の後の日本は、一見するとまるで言論の自由が確保されたかと錯覚される形になったのです。見事なほどの幻覚・幻惑でした。

それはかいならした犬の首輪をはずし、縄も解いた状態に似ていました。ただし、その犬の行動半径は塀のなかだけだったのです。狭い庭を囲っている塀の鍵は、しっかり締まっていたのです。なぜ首輪だけでもはずしてくれたかと言えば、その犬が雄雌ともに去勢され、そのうえロボトミー手術を受け、一切飼い主(アメリカ)の言うなり、「お座り」と言えば座るし、「お手」と言われれば手を出すようになったことを見極めたからです。そこで一応庭だけには出してくれました。民主主義という庭です。」

 

林氏は、つまり、戦後になっても言論統制は続いているとおっしゃっているのです。林氏の著作は、難しい表現が多く、取っつきにくい点はありますが、読んでみるとなるほどと思わせる主張点が多いようです。

 

日本が、アメリカと在日に支配されていることは日々実感できますが、そんな中で、本来の日本人として生き、日本人として言論の自由を貫きたいと思っています。

 

さて、林氏と言えば、外人女性と離婚後、冨士眞奈美さんと結婚・離婚されています(林秀彦-Wikipediaより)。林氏は、女優・冨士眞奈美さんとの離婚後、私の妻である独身時代の天野ベラに対して、何通もの情熱的な手紙を送って来られました。

 

一瞥した限りですが、内容は、とにかく妻に会いたいというものが多いようです。文通にとどまらず、ベラの自宅に姿を現した林氏に対して、明治生まれのベラの亡き父親は、激しく立腹し、ドイツ人の妻との間の息子さんと、冨士眞奈美さんとの間のお嬢さんとが同居する林氏の生活を、「動物園の様な暮らし」と罵倒し、ステッキを振り上げて追い返したと聞きます。その後、林氏は、三度目の結婚をされ、海外生活を送られましたが、何かと悪く言いながらも、日本への愛国心は強かったようで、死に場所に日本を選ばれ、昨年日本で亡くなっています。

 

携帯電話とパソコンが中心となり、会話が消え、筆談が主流となった今の日本の姿を、林氏が見たらどう思われるでしょうか。

それにしても、こんなに理屈っぽくて偏屈で、激し過ぎる著名な脚本家であり作家である林氏と文通を続けたうえに対峙までした妻の意外な根性というか、強さにはおどろかされました。私ならば、疲れて、たちどころに文通を止めて逃げだしたでしょう。くそ真面目な妻が、もし林氏と親しくなり、もしも、一緒になって生活していたら、気の使い過ぎで死んでいたかも知れません。仮に私が父親であったとしても交際には大反対したことでしょう。

ひょんなことから、亡くなられた林氏の著書、妻がいただいた手紙類(写真1=手紙の数々写真2=封筒裏)、昔のエピソードについて、少し読まされたり、一部を聞かされたりしました。それだけで、この週末はどっぷりと疲れてしまいました。一緒にいて疲れない相手が一番です。

 

転じて、とってつけたような結論ですが、悪い在日は、日本人を疲れさせるだけの存在ですから、日本人は、日本人と一緒になって、いたわり合い、家庭で互いの疲れを癒し合い、穏やかに生活することが大切だと思います。



-在日コリアン女性への訴訟-PART82011/12/31 18:03

-在日コリアン女性への訴訟-PART8 「原告天野コグ陳述書」

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PART6に掲載した被告の準備書面1(実質的な答弁書)を受け、PART8では、原告天野コグの陳述書(甲第33号証)を紹介します。立証趣旨は、被告中川から多大な精神的苦痛を受けた事実など心情全般、被告中川は、残金を支払わねばならない根拠があることです。

さらに、私ども原告は、被告の証拠を取調べるため、平成22年12月9日付「証拠申出書」を裁判所に提出しました。そして後日、平成22年12月13日付で被告陳述書(乙第18号証)が提出されましたが、案の定、準備書面1とほとんど同じ内容でした。

平成23年2月18日の最終弁論期日において、裁判所は私ども原告が提出した「証拠申出書」(当記事の最後に掲載)を却下したのです。つまり、裁判所は、「被告は出廷しません」と、裁判当初から私ども原告に法廷で伝え、被告との直接対決を避けさせるという便宜を被告に図ったのです。私ども原告が「本人訴訟」であるから故に、証拠調べという裁判制度の運用原則を踏みにじったのです。ところが、週刊現代平成23年11月26日号69頁には、11月10日、東国原元宮崎県知事が東京地方裁判所で被告として出廷し、直接対決していたと報じています。その理由は元たけし軍団の大嶌氏から訴えられ、大嶌氏が代理人の弁護士を立てず、「本人訴訟」を行っているからとされています。畢竟、東京地方裁判所が、有名人である大嶌氏には、被告の東国原氏の証拠調べを認め、私ども無名の夫婦には認めなかったという、差別待遇が明らかとなっています。

初出版を果たした頃、妻に届いていた「脅迫状」についても、被告中川が、「書いていない」と、一筆陳述書に書いて、署名し、はんこを押せば、その主張は、反対尋問にさらされることなく、そっくりそのまままかり通ってしまうのですから、心底ふざけた話なのです。


 陳述書に目次はついていませんが、24頁と分量が多いので、まず、目次をご覧ください。

 

 

0 はじめに…………………………………………… 1頁目

1 私について

  2 本件発言①が中川さんこと被告中川●●さんの本音であり,私たち夫婦の名誉感情を侵害するものであったと発覚したこと(中川さんとの初対面について)

3 喫茶代金(本件費用②)を中川さんが支払っておらず,支払を約束したこと…………………………………………… 4頁目

4 第2回目の同窓会について…………………………………………… 5頁目

5 焼き菓子の送付について

6 ブランドバッグの送付について…………………………………………… 6頁目

7 自費出版作品についての中川さんの暴言が私たち夫婦への名誉感情の侵害であることについて…………………………………………… 9頁目

8 登記簿謄本の入手……………………………………………10頁目

9 訴訟提起

10 中川さんによる本件電話の内容と異なる新たな条件付けについて……………………………………………11頁目

11 中川さんが本件訴訟提起を予想していたことについて……………………………………………12頁目

12 本件発言①について,中川さんが全く覚えがないとの答弁について……………………………………………13頁目

13 私たち夫婦が中川さんについて原稿の下書きを始めたこと……………………………………………14頁目

14 被告訴訟代理人弁護士の解決金についての第2回口頭弁論法廷での発言について

15 中川さんについて特に憤りを感じていること……………………………………………15頁目

16 最後に……………………………………………21頁目

陳述書(甲第33号証)の内容は、以下のとおりです。

陳述書甲33・01頁目

陳述書甲33・02頁目

陳述書甲33・03頁目

陳述書甲33・04頁目

陳述書甲33・05頁目

陳述書甲33・06頁目

陳述書甲33・07頁目

陳述書甲33・08頁目

陳述書甲33・09頁目

陳述書甲33・10頁目

陳述書甲33・11頁目

陳述書甲33・12頁目

陳述書甲33・13頁目

陳述書甲33・14頁目

陳述書甲33・15頁目

陳述書甲33・16頁目

陳述書甲33・17頁目

陳述書甲33・18頁目

陳述書甲33・19頁目

陳述書甲33・20頁目

陳述書甲33・21頁目

陳述書甲33・22頁目

陳述書甲33・23頁目

陳述書甲33・24頁目

証拠申出書の内容は、以下のとおりです。

証拠申出書・1頁

証拠申出書・2頁

証拠申出書・3頁