被告として訴訟を提起されても訴状を堂々と公開しましょう!2016/01/11 15:37

被告として訴訟を提起されても訴状を堂々と公開しましょう!

 

訴訟を提起された場合、あまりにも虚偽の事実が散りばめられ、被告が恥ずかしいことをした等と記載されている場合が多いように見受けられます。なぜなら、原告が被告の悪性を疎明しようとして、証拠もないのに、被告が実行したと断定する書き方を羅列して、裁判官に認めさせようとし、裁判を有利に進めようとするからです。

 

このような場合、一見、被告は訴状をネット上にアップし公開することが憚られますが、実際には、公開することが原告および原告訴訟代理人を困らせると思っています。なぜなら、訴状をそのままの形で受け入れる閲覧者ばかりではないと思うからです。良識があり、公平で公正な立場で訴状を閲覧する方、訴状の中の虚偽の事実を直感的に悟られる御仁もいらっしゃると思うからです。

 

むしろ、積極的に訴状を公開し、嘘を暴くことが必要と考えます。なぜなら、弁護士の北村明美氏が主張しておられるように、「民事法廷では、うそをついても罰せられることは、ほとんどなく、上手にうそをついたほうをプロの裁判官が信用してしまうことがある。その結果、善良で他人を信用し、証拠をとらずに生きている一般の人たちは民事法廷で苦労する。」(写真記事)という事態を回避し打開してゆきたいと考えているからです。

 

正直者が馬鹿を見る現状を改善するには、上手に嘘を付いた者の嘘言や虚偽の事実が発覚するまで根気良く闘ってゆくことが必要です。

 

そのためにも、本日、訴状全文(101112131415161718192021222324252627282930)を必要な個所にマスクしながらも公開します。

  

訴訟記録等を公開していますので、こちらもご覧ください。

  

訴状01頁

訴状02頁

訴状03頁

訴状04頁

訴状05頁

訴状06頁

訴状07頁

訴状08頁

訴状09頁

訴状10頁

訴状11頁

訴状12頁

訴状13頁

訴状14頁

訴状15頁

訴状16頁

訴状17頁

訴状18頁

訴状19頁

訴状20頁

訴状21頁

訴状22頁

訴状23頁

訴状24頁

訴状25頁

訴状26頁

訴状27頁

訴状28頁

訴状29頁

訴状30頁




声優の池澤春菜氏の母親・池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏と訴訟代理人・弘中絵里弁護士から住民票および戸籍謄本を不当に取得されました。2015/08/25 03:30

声優の池澤春菜氏の母親・池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏と訴訟代理人・弘中絵里弁護士から住民票および戸籍謄本を不当に取得されました。

 

弁護士が「損害賠償請求事件の訴訟手続き代理の準備のため」と書けば、対立する相手方の個人情報の宝庫である戸籍情報が、いとも簡単に入手出来ることが分かりました(写真1写真2)。

 

池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏からの本件名誉毀損事件において、何ら争点でないにも関わらず、訴訟代理人弘中絵里弁護士は、証拠説明書の立証趣旨欄に「被告ら(私たち)が夫婦であること」として戸籍謄本(甲14)、「妻の両親が亡くなった時期」として妻の両親の戸籍謄本(甲15)、妻と両親の「現在の住所地に住民票を移した日」として私たち夫婦の住民票(甲16)を不当に入手したのです。

 

私たち夫婦の住民票(甲16)や戸籍謄本(甲14)が、訴状とともに投げつけられて拙宅に届いた時、妻は、弘中絵里弁護士が、必要性もなく、不当な目的で、既に故人である妻の父親の戸籍(甲15)までたやすく取得した行為は、安らかに眠っている両親の墓を掘り起こすに値する狼藉行為であると強い憤りを露わにしました。池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏は、お世話になった妻の両親を冒涜するにも程があるとの怒りを私も禁じ得ません。

 

私たち夫婦は、弘中弁護士らが池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏の陳述書(甲49)の閲覧制限申立てた際に、弘中絵里弁護士に通知書を送付しています。

私たちが夫婦である事実については、池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏の平成23年の誕生日にカードとともに夫である私ならびに妻および妻の亡き両親と愛犬コロちゃんという家族全員の写真を同封して、誕生日カード(資料第48号)を選んで自宅宛に郵送し、届いたとの知らせがありましたから、十二分にご存知の筈です。

 

また、妻の父が亡くなった時期が平成11(1999)年11月だということは「天野ベラのブログ」の平成24年1月24日付け記事から簡単に分かります。訴訟代理人弘中絵里弁護士の証拠説明書では作成日が平成23年1月となっておりますが誤りです(証拠説明書1頁目)。

 

1999年11月に父が亡くなり12月には愛犬のコロちゃんが天に召され,その後母までが急死したというお葉書を出した私の元には,口から口へと伝達してくださったのでしょうか,以前住んでいた町の方々や,業者さんといったごく浅い関係の御方も含めた多くのひとびとから,驚きと悲鳴に近い涙まじりのお声とともに,お悔やみの言葉,あたたかい励ましのお手紙,供花が次々と寄せられました。」(甲2の14

 

「私がこの葉書をお出しした多くの友人・知人」(甲7の1

 

妻の母がその年の大晦日に亡くなった事実についても妻は天野ベラのブログから何度も公開しており、葉書(乙40)まで掲載していますから、池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏が実際に「天野ベラのブログ」を読んでいれば自ずとわかることなのです。

 

そもそも妻は乙40の葉書を、池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏池澤ショーエンバウム直美こと池澤直美氏にも出しており、その事実を認めているのですから



声優・池澤春菜氏の「日本SF作家クラブ」入会は秩序破壊?!2014/03/23 16:45

声優・池澤春菜氏の「日本SF作家クラブ」入会は秩序破壊?!

青の太字をクリックしてください。写真等が表示されます。)

 

日本SF作家クラブ」第16代会長であった瀬名秀明氏は、平成23年10月から2年間の任期を全うせず平成25年3月1日の総会において会長職を中途辞任し、同時に「日本SF作家クラブ」をも退会した。

 

この平成25年3月1日の総会で、いったい何事が起こったのか。

 

瀬名氏は、平成25年12月30日のブログ記事写真)においてこう述べている。

 

 「2012年(平成24年)の3月、すなわち大森さんの入会推薦がだめになった前後に『きみに読む物語』というSF短編を書いている。この時すでに私は会長を辞任し、クラブを退会することを決意していた。あとは時期の問題だけだった。

 
昨日のエントリーで、日本SF作家クラブにはふしぎな『不文律』があり、入会に際して一冊以上の単著があること』もそのひとつだと述べた。しかしよく調べれば、この『不文律』に当て嵌まらないのに入会している方々を見つけることもできるだろうイラストレーターや声優さんなどはどのように判断すればよいのだろうか
 
なんのことはない、日本SF作家クラブはこうしたとき『親睦団体』という大義名分を掲げ、自分たちの好きな人は入れ、そうでない人は弾く。『会則』や『不文律』は、そうしたときクラブにとって都合のいいように利用される、その場限りのいいわけに過ぎない。嫌いな人を弾くときには『会則』や『不文律』を持ち出し、好きな人を入れるときにはそれらを無視するだけのことだ。規則よりも『その場でみんながなかよくすること』という刹那性の方が重視されるに過ぎないのである。

 

前提条件となる不文律写真)とは下記のとおりである。

「ただしふしぎな『不文律』がある。プロとして一冊以上の単独著書があることが前提条件だというものだが、誰がいい出したのか定かではない。」

 

 

とすれば、瀬名氏が、会長職辞任のタイミングを、「日本SF作家クラブ」の創立50周年記念の年である平成25年の3月1日、すなわち、プロでもなく、一冊の著書(単著)もない「声優さん」の池澤春菜氏が入会を認められた日に決定したことは興味深い。

 

たとえ、すでに辞任を決意していたにしても、入会に際してプロとして一冊以上の単著があること』との『不文律』を破ってまで、声優・池澤春菜氏の入会が受理されたことに対して、瀬名氏が快く思っていなかったことは、誰であれ察するところだろう。

 

それは、瀬名氏が、「日本SF作家クラブ」はこうしたとき『親睦団体』という大義名分を掲げ、自分たちの好きな人は入れ、そうでない人は弾く、という批判を表明しているからだ。さらに、この総会では、1980年(昭和55年)に「日本SF作家クラブ」により創設された賞である日本SF大賞を創設から第33回(2012年)まで後援していた徳間書店が降板したことを発表した。

 

2013年で創立50周年を迎えた「日本SF作家クラブ」といえば、昔は由緒あるクラブだったようだ。

第4代会長・筒井康隆氏が、「もうあれから五十年になるんだなあ。SF作家クラブに入れてほしかったんだが、なかなか入れてもらえず、最初、会合に出た時はゲスト扱いだった。」と語っているように、過去の入会においては、高いハードルがあったようだ。

 

第5代会長・豊田有恒氏は、「日本SFの発祥の原点は、今から五十年以上も前、早川書房、東宝映画の共催による日本SFコンテストである。第一回、第二回と続いたコンテストで、多くの作家、いわゆる第一世代の日本SF作家が誕生した。(略)この二回のコンテストで、小松左京、光瀬龍、筒井康隆、眉村卓、半村良、平井和正(敬称略)など、いわゆる第一世代のSF作家が、そろってデビューしたことになる。御大星新一さんだけは、それ以前に、江戸川乱歩さんに認められて、デビューを果たしていた。星さんが、ひとまわり上の寅年で、同じ年の生まれに、松本零士、石ノ森章太郎、平井和正などがいる。また、昭和一桁の最後の九年生まれが、筒井康隆、眉村卓である。」と語っていたように、そうそうたるメンバーが揃っている。

 

第9代会長・永井豪氏は、「マンガ家である私が、『日本SF作家クラブ』に軌跡を刻めたことは、まさに奇跡だと思っている。35年前ほど前、故・小松左京さん、筒井康隆さんの推薦により、入会を認めてもらった。マンガ家としては、あの手塚治虫先生に継いで、二人目という栄誉、ファンである作家の方々との親しい交流。」と謙虚である。

 

池澤春菜氏が、2013年に入会してから、慌てて2014年に単著を1冊出版したところで、後出しジャンケンに過ぎず、「秩序破壊者」と言われても仕方がないであろう。

なぜ、単著を1冊出版した後で、正式に、入会の推薦を受けなかったのか、なぜ、今年まで待つことが出来なかったのか、甚だ疑問である。早速、創立50周年のイベント写真1写真2)に参加するためであったのだろうか。

 

池澤春菜氏が、プロの作家さんでも、プロの漫画家さんでもないことは周知の事実であるうえに、一冊の単著すらなかった。

にもかかわらず、「日本SF作家クラブ」の暗黙の規定であり、大前提であった『不文律』を破ってまで、「コネ」をゴリ押しし、「特別扱い」で、堂々と入会したのである。


瀬名氏は、平成25年12月28日のブログ記事写真)においてこう述べている。

 

「私の会長時代にクラブが50周年を迎えることを知り、メンバーひとりひとりに50周年で何をやりたいか訊いていった。みな大きな夢を語り、それは実に楽しい会となった。私が後に日本SF作家クラブ50周年記念プロジェクトの実行委員長も兼ねて、このプロジェクトで必ず2013年に日本SF&ファンタジーを盛り上げようと誓ったのは、この夜の楽しさがいつまでも心に残っていたからに他ならない。(ただし逆にいえば、それまで前会長と事務局は50周年に向けてほとんど何も準備をしていなかったということでもある。)」

 

穿った見方かもしれないが、この記事を読んで、「日本SF作家クラブ」は、瀬名氏に50周年記念プロジェクトの実行委員長として様々な面倒を掛けておきながら、結果として、プロジェクト実施の段になって瀬名氏は、実行委員長を次期会長東野司氏に禅譲したのであるから、さんざん準備をさせられただけで参加もせずに去った瀬名氏が気の毒だと思うのは私だけであろうか。

同席したくない、一緒にされたくないと感じる誰かが存在したのではないだろうか。

瀬名氏の会長辞任を早め退会までさせたのは誰のせいだったのか。

 

かつて「日本SF作家クラブ」が主催していた「日本SF新人賞」(1999年〜2009年)、「日本SF評論賞」(2006年〜)の2賞を休止した事実に象徴されるとおり、日本SF界は斜陽のようだ。

 

声優・池澤春菜氏は、日本SF界に喝を入れる存在となれるのか。

 

資格がないにもかかわらず入れてもらったとすれば、声優・池澤春菜氏は、ご恩返しとして、「日本SF作家クラブ」に貢献し、日本SF界の発展のために邁進するのが人の道であり、であろう。



祝出版「その女在日につき」-在日の、在日による、在日のための『在日本帝国』に成り下がった日本!-在日の肺腑を剔る一冊2012/06/18 00:25

祝出版「その女在日につき」-在日の、在日による、在日のための『在日本帝国』に成り下がった日本!-在日の肺腑を剔る一冊

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妻の天野ベラが「ルサンチマンは女の宿痾」に続き第二作目となる「その女在日につき」をこの度書き下ろし、本日6月18日に発行しました


 

この本には、天野ベラが中学・高校と通った立教女学院における同級生が、在日韓国人であった事実が赤裸々に綴られています。在日であるがゆえに日本人に対する憎悪が溢れんばかりに満ちていた同級生の怒りの矛先は、その女を宥恕し、宋襄の仁をもって接してきた天野ベラに、容赦なく振りかかりました。


 

日本人に対してならどんなに無礼であっても構わない、何を言ってもしても構わない、訴えられても在日韓国人の擁護に特化した弁護士に守ってもらえる、在日の権力に与する裁判官らに有利な判決を出してもらえるという奢りに満ちています。今や在日韓国人が支配していると言っても過言ではなく在日本帝国と化した日本において、在日韓国人たちは日本人より偉いと信じ、徒党を組んで生きています。


 

大いなる劣等感の裏返しによって生まれた「上から目線」と「偉そうな態度」をもって日本中を傲慢に渡り歩き、小さくなっている日本人に無理難題を押し付けて、「常に自分は正しい」「常に自分が一番」との誤った幻想を抱きながら生きている根源には、一対一の正攻法や正論で闘っても勝てないと内心わかっている強者である日本人に対する名状し難い嫉妬の念と自信のなさがあり、それらは怯懦な在日のルサンチマンに他ならないものです。


 

第二作目は、在日であるその女が、中学・高校時代から既に在日特有の奇異な様相を呈し、過激な波乱含みの言動を実行してきた事実を明らかにし、卒業後20年以上を経てもなお同級生であった日本人を憎み続け、在日として生きている様を詳らかにしました。そして、私どもがその女に対して提起しなければならなかった債務不履行等損害賠償請求訴訟の記録も一部記載されています。

 

一方的に日本人を抑圧・蹂躙し、搾取する在日に対しては、在日の言動を、余すところなく活字で後世に残すことが必要と考えています。「その女在日につき」は、ひとりの在日女の極悪非道な所業を、日本人が直接受けてきた証であり、歴史に残る一冊となるでしょう。

その女在日につき

 

 

ベトナムストリートチルドレン支援会2012/01/11 00:08

ベトナムストリートチルドレン支援会-
夫婦や親族らで運営している団体は要注意

青の太字をクリックしてください。写真等が表示されます)

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さらに、この支援会は、池澤直美氏の事業に深く関連する、有限会社ユニクック運営責任者の吉川賢一氏フジサンケイ ビジネスアイの社員である赤石英治氏などが含まれており、フジサンケイビジネスアイのアフレッシュ塾長であった桧田仁氏が理事長となっています。

そして、「ベトナムストリートチルドレン支援会」事務局の所在地は、有限会社ユニクックの所在地と同じなのです。

また、2011年12月15日付け池澤直美氏のブログで「吉川弦太さんは、『いつか料理本を出す時にはこの人と!』と私が思い続けてきたプロのカメラマンです。生来の優しさがにじみ出るような素晴らしい写真を撮ってくださいました。」と記載していますが、この吉川弦太とは、上記「ベトナムストリートチルドレン支援会」の理事であり、ユニクック運営責任者の吉川賢一氏と同一人物であることを付言します。

本名である吉川賢一を顔写真とともに公開し、なぜ、他方では吉川弦太として使い分けなければならないのでしょうか。これも、望ましくない運営のあり方を知っているせいかも知れません。

また、2011年7月24日付けの同ブログにおいては、「カメラマンのゲンちゃん」「コーディネーターのユーコさん」が登場しますから、この「ユーコさん」は、ベトナムストリートチルドレン支援会理事の「吉川裕子さん」と同一人物である可能性が高いと思われます。有限会社ユニクック運営責任者の「吉川賢一」さんが、「吉川弦太」さんだったのですから、コーディネーターのユーコさんは、「吉川裕子」さんであり、かつ、同有限会社の代表者と表示されている「吉川祥子」さんと同一人物かも知れません。「裕」と「祥」は、どちらもしめすへんですが、「ユーコ」と「ショーコ」或いは「サチコ」を、変換ミスするとは考えにくいですね。

 

何よりも、「東北地方太平洋沖地震への募金ご協力のお願い」写真)の中において、募金を、理事の吉川裕子氏の個人口座に振り込ませるよう設定し、「直接理事に手渡し」とまで記載されているにあたっては、あまりに非常識過ぎて笑えます。なぜなら、個人の口座に振り込ませれば、それだけで、詐欺罪の恐れが生じますし、現金渡しを禁じ、振り込みは総て会社宛に設定すべきことなど、まともな会社であれば常識中の常識であるとともに、周知の事実であるからです。理事とは言っても、所詮は、親族らが集まり内輪で決めた役職であり、外部からでは、人となりも顔も知らない訳ですから、完全に信用できることなどあり得ません。長年活動を続けて来られた実績のある杉良太郎さんと伍代夏子さんのように、<98文字削除> 理事の中には、公認会計士の方もいらっしゃるようですが、このような事態を容認しておられるとしたら、さらに笑えます。

 

つまり、「ベトナムストリートチルドレン支援会」は、池澤直美夫婦ならびに池澤直美氏の仕事仲間である有限会社ユニクックおよびフジサンケイビジネスアイとの混成チームといえる団体でしょう。

名目は、ベトナムでもいい、東北の地震でもいい、何でもいいから、兎に角、まずはお金を、まずは寄付をと、多く集めることを、第一義的に活動する団体ということなのです。

そして、<3文削除>

 

また、平成23年8月14日、横浜市港北公会堂で入場料1,500円で開催されたチャリティコンサート募金の御礼写真)として、平成21年10月1日の報告の中に、集計金額74,800円(平成21年9月30日締切)とありますが、募金はたったこれだけだったのでしょうか。

日本中で、地震に関するチャリティコンサートは開催されていますが、事前に「コンサートによる収益金は全額寄付する」「コンサートの入場料は全額、日本赤十字社を通じて東北・関東大震災義援金とする。」「入場料から義援金を寄付する。」「入場料の一部と当日集まった支援金は、震災復興のために寄付される。」などと告知されています。しかし、VSC支援会のチャリティコンサート写真1写真2)には、何が寄付されるのかについて、予め明確にされていません。チャリティコンサートは赤字だったのでしょうか?

収益金はなかったのでしょうか?

収益金があるなら、それはいくらで、寄付はされないのでしょうか?

当日の募金箱の集計も加えたのでしょうか?

7万円程度では、たった50人分の入場料にもなりません。地元の商店街を巻き込み、国がつぶれるかどうかの瀬戸際にあるギリシャ政府観光局が後援し、篤志家がついていたとまで公開していたのに、この程度の金額しか集まらず、これだけしか寄付することは出来ないのでしょうか?

チャリティコンサートと言えば、通常、出演者は出演料無料で、入場料金も含めて募金の額に加えるものですが、このコンサートは、出演者に出演料なども支払ったのでしょうか。出演者の中には、池澤直美氏の長女である池澤春菜さんも名を連ねていましたから、<64文字削除>

池澤直美氏の2011年7月15日付けのブログによれば「港北から東北へ~願いは音にのせて」は、一人でも多くの皆様の暖かいお心が届くのを待っています。入場料の1500円は、最小限の経費を差し引いた全額を、私たちが直接、陸前高田ボランティアセンターへと届けます。出演者の皆様も、お手伝いをしてくれるスタッフの方々も、みんな手弁当のノーギャラです。それでも、『機会を与えてくれてありがとう。』と言ってくれます。そんな人たちが集まる限り、きっと良いものができるはずです。」と記載されていますが、どうにも納得がいきません。

会場は、600名収容可能なホールですから、単純計算でも90万円の入場料が入り、ホール使用料金が18,000円に割増が取られたり、付属施設使用料が取られたりしても、出演者がノーギャラであったとすれば、かなりの額が寄付できるはずです。実行委員の集まりや、打ち上げ会なども、最小限の経費に含まれているのではと勘繰りたくもなろうというものです。

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2008年12月5日の池澤直美氏のブログによれば、「食事が終わって心身共に満足した瞬間に、リーダーのJIN先生が突然、『日本で一番おいしい新米を食べに行きましょう。みんな、手帳を出していつにするかを決めて!』と鶴の一声。銀座かしら、青山かしらと気軽な気持で手帳を開いたら、『行き先は新潟!僕が知る限り日本で二番目においしい料亭です。』という声が頭の上から降ってきました。『車内で会議をして、日本一のお米を食べて、また会議をして帰ってくれば有効に一日を使えるでしょう?』ということで、超多忙な仲間たちが全員折り合いの付く2ヶ月半後の今日が設定されました。とあり、このJIN先生とは、桧田仁ベトナムストリートチルドレン支援会理事長のことでしょうか。

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余談ですが、有限会社ユニクックが企画した池澤直美氏による「インターナショナル・○○○レッスン講座」なる代物は、鳴り物入りで大々的に予告されたものの、実際に開催されることはなく、結局、企画倒れに終わり、他の開催していた講座も、総て閉鎖されています。

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