お詫びと訂正記事掲載は通常の対応 ― 2014/12/26 02:30
お詫びと訂正記事掲載は通常の対応
妻(天野ベラ)がドレッサー(色はホワイト)を購入しました。DRESSER/ルーシー(H-09)について、妻がメーカーさんのHPを見たところ、ワゴンのような物が写っていました。「別売」との表示がないので、ホワイトにはワゴンが付いて来るのではと思っていましたが、ワゴンは搬入されませんでした。

忙しかったので、数日後、購入した家具店に連絡を取り、ホワイトのドレッサーにはワゴンが付いているのではないかと、メーカーさんに問い合わせをしてもらいました。しかし、家具店の人は1日待ってもメーカーから連絡がないとのことでした。そこで、平成26年12月25日、私がメーカーさんに直接確かめると、ワゴンは別売りとのことでした。
メーカーさんのHPを確認すると、12月24日早朝には表示されていなかった「*リリィのワゴンは別売りです」との文言が追加されていました(訂正前、訂正後)。
そこで、密かに追加するのではなく同時に訂正をと要求しました。密かに削除したり追加したりするのは、詐欺的行為だと思っているからです。
メーカーさんのHPを見ると、インフォメーションのカテゴリーに、早速お詫びと訂正の記事が掲載されていました。
「お詫びと訂正。
いつも、松永工房のHPをご覧になってありがとうございます。
ドレッサー・ルーシィーのページで訂正箇所がありましたので
訂正させていただきます。
*訂正箇所・ホワイトカラーのルーシィーの横に写っているワゴン(リリィーのワゴン)は別売りとなります。
よろしくお願いします。
大変申し訳ございませんでした。
2014-12-25 13:21:41 | Posted by mkobo | Category
| Permalink | 」
ネット上には嘘や虚偽表示が蔓延しています。気づいた人が指摘するしか手立てはありません。意図的に虚偽表示・偽装表示しているケースは論外ですが、指摘を「攻撃」として逆恨みし、反省も謝罪もせず、密かに証拠隠滅したうえ、「報復」までするような企業や輩までいる中、ドレッサーのメーカーさんの対応は通常のものであり、お詫びと訂正記事の迅速な掲載と公開はまっとうで良かったと思います。
盗撮癖が発覚した大歳卓麻日本IBM元社長の誕生日(10月17日)に寄せて ― 2012/10/17 16:03
盗撮癖が発覚した大歳卓麻日本IBM元社長の誕生日(10月17日)に寄せて
青色の太字をクリックしてください。写真などが表示されます。
Wikipediaによれば、本日は、日本IBM社員を大量退職へと追い込んだ大歳元社長(1948年10月17日-)の64歳の誕生日であるという。
これを機会に、思うところを記してみたい。
大歳氏は米国IBMの代理人だった
日本IBMを通して日本をも支配してきた男が、自ら転んでIBMから去ることになろうなどと、一体誰が思ったことだろうか。
日本IBMの元社長、大歳卓麻氏が平成24年8月22日の朝、東京・四ツ谷駅のエスカレーターでiPod内蔵のカメラを使い、女性のスカート内を盗撮したとする容疑を認めたからだ。
週刊新潮の記事はこちら(記事1・記事2)。多くの社員が強引に日本IBMから追われた中、米国IBMの代理人として、日本IBM社員を次々に追放してきたのがこの男だ。それだけに留まらず、リストラの毒見役を買って出たのもこの男である。日本IBMがリストラを敢行して成功すれば、他企業もリストラをやり易くなるから、企業の悪行を日本において先行披露したのだ。
バブル崩壊後の悲惨なリストラ
バブル崩壊後のリストラは悲惨なものだった。1993年以降、50歳を超えて残った社員は役員と労働組合員だけで、入社数年の若者達、特に優秀な人材ほど退職割増金を受け取っては相次いで日本IBMから追い出され去っていった。
「営業開発室」の創設
日本IBMは、多くの高齢社員を1つの部屋に押し込め、日本IBMを辞めさせるために、「営業開発室」なる非生産的な組織を作り上げた。営業活動などしたことのなかったシステムズエンジニアらに、飛び込みでパソコンを売りに出させるなど理不尽な業務命令。訓練されたパソコンの営業担当者であっても飛び込みではなかなか売れないのだから、経験のない社員が1台も売れないのは当然。就職斡旋会社に行くのも仕事。会社は高齢社員が自ずと辞めて行くのを待っていたのであった。
日本IBMを去り病気で亡くなった潔いシステムズエンジニア
潔くIBMを去る営業部員やシステムズエンジニア(SE)達。そのSEの中に、データセンター出身の樫木さんという社員がいた。樫木さんは病気で亡くなったと聞いた。樫木さんは中小企業を転々としていたそうだ。日本IBMに残っていれば亡くなることもなかっただろうにと悔やまれてならない。
生産現場でも病気で独身社員の母親を呼びつけ退職を迫る
営業部門のみならず、工場・研究所でも、病気で独身社員を辞めさせるため、医者の同席する場所に母親を呼んで、息子さんの体のために良くないとのおためごかしで、説得させ、病気の社員に退職を迫らせるという事態があったことが、直接本人の口から明らかとなった。
日本IBMは米国IBMの手先
日本IBMは米国本社の孫会社に当たり、日本IBMの社長はその言いなりだった。
日本IBMの社長は、日本よりも米国の方を向いて仕事をしており、社員をIBMに従わせるためにあらゆる手口を使っていたであろう。社員の実家の資産、社員の家族などあらゆる情報を入手し、社員を辞めさせるために活用していた。
IBMの日本人社員を辞めさせるため、日本IBMでは在日の社員を多く採用したのみならず在日の派遣社員らを「噛ませ犬」として対抗させており、日本人の社員を日本IBMから去らせるための道具として重宝して使っていた。
日本IBMに入社することは、人格を含めすべてを米国に差し出すこと
日本IBMは社員が日本IBMに逆らうことを許さない。
日本IBMに逆らう者は米国に逆らう者との烙印を押され、生涯に渡り、マークされる。それは、社員のみに限らず、家族や親戚にまで累が及ぶのである。
日本IBMに入社するということは、米国への忠誠を確約しなければならないから、仕事をしてその代わりに給与を得るという当たり前の考えだけでは働けないことを理解しなければならない。米国に支配されたくないのであれば、日本IBMには入社すべきでない。
大歳氏の唱えた「ダイバーシティ」(多様性)とは?
大歳氏は、結果的に多くの女性執行役員を誕生させたが、彼は盗撮を認め「盗撮に興味があった」と供述しているようだから、社長・会長時代に、大歳氏が食指を伸ばした女性を抜擢したのではないかと思うのは私だけではないだろう。
日本IBMの「オープンドアポリシー」
いつでも、どこでも、時間があれば、コミュニケーションが可能であるという会社としての宣言であり、管理者であれ役員であれ、心のドアはいつも、誰にでも開放しておくということらしい。
しかし、実際にこの制度を使って考えを数回伝えると、人事部門から「あなたは○回利用した」とあたかも悪いことをしたように言われたという社員がいる。
大歳社長に対するK人事部門管理者についてのオープンドアポリシー制度の利用について、大歳社長は、自らはその会議に出席せず、代理として人事担当者のM氏(女性)を派遣したうえ、何と労務のS社員まで同席させて社員の訴えを無視し、自らの職責すら放棄した。
つまり、大歳氏は、人事部門の不祥事について、同じ人事担当者である仲間たちに聞き取り調査をさせることによって、人事部門や労務にいち早く耳に入れさせるという不正をはたらいたうえに誰もがおかしいと感じて笑えるほどの茶番劇をも演じさせた、あまりに罪深い人間ということである。
派手で目立つ「ダイバーシティ」は実行しても、地味で面倒な「オープンドアポリシー」という職責は放棄したのが大歳社長である。
大歳氏が社外重役だった企業
大歳氏が社外重役だった企業は、三菱UFJフィナンシャル・グループ、明治安田生命保険、カルビー、TOTO(旧東洋陶器)、花王の5社だそうだが、これらの企業は日本IBMの悪い文化を取り入れているようだ。
三菱東京UFJ銀行、三菱UFJ信託銀行など在日企業では、日本人への嫌がらせ教育が行われているようで、利用しておかしな対応や嫌な思いをした経験は数多い(記事1・記事2・記事3・記事4・記事5・記事6)。
最近今年の10月には、TOTO東京センターショールームで大変嫌な思いをした。
アドバイザーと呼ばれる女性Wさんは、客に名刺も渡さず、飲み物も出さず、工務店さんに対して、FAXの「字が読めない」だの、「よく分かっていない」などと、知識の欠如をあげつらうような上から目線の見下した発言を連発したのだった。
他店のアドバイザーさんは、可愛らしかったり、美しかったり、そのうえに文句のつけようのない対応で、妻ともども感心していただけに、笑顔ひとつ見せないTOTOショールームでの対応には驚かされたものだ。
「水清くして魚住まず」と言うが、水が汚な過ぎれば遅かれ早かれ全ての魚が死んでしまう。
現在の日本IBMにみられる衰退ぶりは、大歳氏を始めとする上層部の人間によって築き上げられた汚く醜い社内風土に依るものであろう。
そして、その報いは、まったく思いもよらないJR四ツ谷駅での犯行となって、大歳氏自身を叩きのめしたと言えよう。
誕生日を迎えた大歳氏に、私から贈る言葉があるとすれば、それは、心ならずも日本IBMから追い出された社員たちに対して心から懺悔してほしいということ。そして、破廉恥な行動を猛省し、心を磨いて晩年を過ごしてほしいということである。
祝出版「その女在日につき」-在日の、在日による、在日のための『在日本帝国』に成り下がった日本!-在日の肺腑を剔る一冊 ― 2012/06/18 00:25
祝出版「その女在日につき」-在日の、在日による、在日のための『在日本帝国』に成り下がった日本!-在日の肺腑を剔る一冊
青の太字をクリックしてください。写真などが表示されます。
妻の天野ベラが「ルサンチマンは女の宿痾」に続き第二作目となる「その女在日につき」をこの度書き下ろし、本日6月18日に発行しました。
この本には、天野ベラが中学・高校と通った立教女学院における同級生が、在日韓国人であった事実が赤裸々に綴られています。在日であるがゆえに日本人に対する憎悪が溢れんばかりに満ちていた同級生の怒りの矛先は、その女を宥恕し、宋襄の仁をもって接してきた天野ベラに、容赦なく振りかかりました。
日本人に対してならどんなに無礼であっても構わない、何を言ってもしても構わない、訴えられても在日韓国人の擁護に特化した弁護士に守ってもらえる、在日の権力に与する裁判官らに有利な判決を出してもらえるという奢りに満ちています。今や在日韓国人が支配していると言っても過言ではなく在日本帝国と化した日本において、在日韓国人たちは日本人より偉いと信じ、徒党を組んで生きています。
大いなる劣等感の裏返しによって生まれた「上から目線」と「偉そうな態度」をもって日本中を傲慢に渡り歩き、小さくなっている日本人に無理難題を押し付けて、「常に自分は正しい」「常に自分が一番」との誤った幻想を抱きながら生きている根源には、一対一の正攻法や正論で闘っても勝てないと内心わかっている強者である日本人に対する名状し難い嫉妬の念と自信のなさがあり、それらは怯懦な在日のルサンチマンに他ならないものです。
第二作目は、在日であるその女が、中学・高校時代から既に在日特有の奇異な様相を呈し、過激な波乱含みの言動を実行してきた事実を明らかにし、卒業後20年以上を経てもなお同級生であった日本人を憎み続け、在日として生きている様を詳らかにしました。そして、私どもがその女に対して提起しなければならなかった債務不履行等損害賠償請求訴訟の記録も一部記載されています。
一方的に日本人を抑圧・蹂躙し、搾取する在日に対しては、在日の言動を、余すところなく活字で後世に残すことが必要と考えています。「その女在日につき」は、ひとりの在日女の極悪非道な所業を、日本人が直接受けてきた証であり、歴史に残る一冊となるでしょう。
-在日コリアン女性への訴訟-PART8 ― 2011/12/31 18:03
-在日コリアン女性への訴訟-PART8 「原告天野コグ陳述書」
(青の太字をクリックしてください。写真等が表示されます)
PART6に掲載した被告の準備書面1(実質的な答弁書)を受け、PART8では、原告天野コグの陳述書(甲第33号証)を紹介します。立証趣旨は、被告中川から多大な精神的苦痛を受けた事実など心情全般、被告中川は、残金を支払わねばならない根拠があることです。
さらに、私ども原告は、被告の証拠を取調べるため、平成22年12月9日付「証拠申出書」を裁判所に提出しました。そして後日、平成22年12月13日付で被告陳述書(乙第18号証)が提出されましたが、案の定、準備書面1とほとんど同じ内容でした。
平成23年2月18日の最終弁論期日において、裁判所は私ども原告が提出した「証拠申出書」(当記事の最後に掲載)を却下したのです。つまり、裁判所は、「被告は出廷しません」と、裁判当初から私ども原告に法廷で伝え、被告との直接対決を避けさせるという便宜を被告に図ったのです。私ども原告が「本人訴訟」であるから故に、証拠調べという裁判制度の運用原則を踏みにじったのです。ところが、週刊現代平成23年11月26日号69頁には、11月10日、東国原元宮崎県知事が東京地方裁判所で被告として出廷し、直接対決していたと報じています。その理由は元たけし軍団の大嶌氏から訴えられ、大嶌氏が代理人の弁護士を立てず、「本人訴訟」を行っているからとされています。畢竟、東京地方裁判所が、有名人である大嶌氏には、被告の東国原氏の証拠調べを認め、私ども無名の夫婦には認めなかったという、差別待遇が明らかとなっています。
初出版を果たした頃、妻に届いていた「脅迫状」についても、被告中川が、「書いていない」と、一筆陳述書に書いて、署名し、はんこを押せば、その主張は、反対尋問にさらされることなく、そっくりそのまままかり通ってしまうのですから、心底ふざけた話なのです。
陳述書に目次はついていませんが、24頁と分量が多いので、まず、目次をご覧ください。
0 はじめに…………………………………………… 1頁目
1 私について
2 本件発言①が中川さんこと被告中川●●さんの本音であり,私たち夫婦の名誉感情を侵害するものであったと発覚したこと(中川さんとの初対面について)
3 喫茶代金(本件費用②)を中川さんが支払っておらず,支払を約束したこと…………………………………………… 4頁目
4 第2回目の同窓会について…………………………………………… 5頁目
5 焼き菓子の送付について
6 ブランドバッグの送付について…………………………………………… 6頁目
7 自費出版作品についての中川さんの暴言が私たち夫婦への名誉感情の侵害であることについて…………………………………………… 9頁目
8 登記簿謄本の入手……………………………………………10頁目
9 訴訟提起
10 中川さんによる本件電話の内容と異なる新たな条件付けについて……………………………………………11頁目
11 中川さんが本件訴訟提起を予想していたことについて……………………………………………12頁目
12 本件発言①について,中川さんが全く覚えがないとの答弁について……………………………………………13頁目
13 私たち夫婦が中川さんについて原稿の下書きを始めたこと……………………………………………14頁目
14 被告訴訟代理人弁護士の解決金についての第2回口頭弁論法廷での発言について
15 中川さんについて特に憤りを感じていること……………………………………………15頁目
16 最後に……………………………………………21頁目
陳述書(甲第33号証)の内容は、以下のとおりです。
証拠申出書の内容は、以下のとおりです。
-在日コリアン女性への訴訟-PART7 ― 2011/12/11 22:28
-在日コリアン女性への訴訟-PART7 「原告準備書面1」
(青の太字をクリックしてください。写真等が表示されます)
PART6に掲載した被告の準備書面1(実質的な答弁書)に対する反論です。
被告は、答弁書(4頁)で「原告ベラが指摘する被告の平成15年4月27日の発言①については、被告として全く覚えがないものである。」と主張しました。
発言①とは、平成15年4月27日(日)、喫茶店において、原告ベラについて、原告コグに対する「何で、天野(原告ベラ)なんかと結婚したんですか?」、「よく、天野なんかと結婚しましたね!」との発言(これらの発言をまとめて、本件発言①)を指します。そもそも、本件発言①は、被告から、私(天野コグ)に対して発せられたものであり、本件訴訟は、私たち夫婦が原告となっているのですから、「原告ベラが指摘する」などという表現すら笑えるものです。しかも、被告は、平成15年4月27日の面談日からまだ10日ほども経ていないにもかかわらず、本件発言①について、原告ベラの疑問(本件発言①の真意)に答えず話をそらしました。
さらに、訴状(2頁)で原告らが主張した「両親の墓が若葉台駅近隣に存在する。」について、被告は、答弁書(1頁)で「不知(知らない)」と主張しました。ところが、被告は、原告ベラが、同窓会の幹事を依頼する電話の中で、原告ベラが、亡き両親ならびに私たち夫婦の将来の墓が被告の住む若葉台駅近隣に存在する事実を伝えると、被告から「○○でしょう?あの辺は庭みたいなもんよ!」と即座に言い当てました。そのため、平成15年4月27日の会談は、墓参のついでとして、場所も若葉台駅近くの喫茶店と被告が指定した経緯があります。
「嘘つきは泥棒の始まり」です。さて、裁判所はどのような判断をくだしたのでしょう。判決文については後日掲載します。
以下は、原告準備書面1です。
最近のコメント